06:たとえ、どれだけ無意味であっても
「この化物ォ!」
「来ないで……来ないでよぉッ!」
「いやぁ! もういやぁッ!」
悲鳴が無数に聞こえてくる。
蝶妃からの報告から数十分後、私たちが築き上げた拠点は地獄絵図となっていた。
迫り来るソルジャーアントの群れ。一体でも十分な脅威だと言うのに何十匹もこちらへと向かってきたのだ。
拠点防衛のために割り振られていた蝶妃たちは迎撃のために外に出てしまっていて、候補生である私たちはなんとか防壁を利用して侵入は防いでいるけれど、決定打がないのも事実だった。
そんな中で私は防壁を崩そうとするソルジャーアントの足を切り落として動きを鈍らせる。
「ヨツバちゃん! 今!」
「うわぁああああああああッ!!」
私の声に合わせて、スピアを構えたヨツバちゃんが自分を奮い立たせるように叫びながら高い位置から飛び降りた。
落下の勢いも乗せてヨツバちゃんのスピアがソルジャーアントの頭を貫く。深く突き刺さったスピアに痙攣して身を震わせた後、ソルジャーアントがそのまま息絶える。
「よし、一匹! ヨツバちゃんは退避! 次のスピアを用意して!」
「は、はい!」
私の指示にヨツバちゃんが拠点へと全力疾走で戻っていく。
休む暇もなく、次のソルジャーアントが拠点に迫ってこようとする。それを候補生たちが逃げ回りながら注意を惹いているのが現状だ。
「一人で逃げ回らないで! 必ず一人はサポートに入って! 生き残ることを最優先に! 皆でカバーし合って!!」
もう候補生たちの精神は限界に近い。既に何人かは犠牲になり、生き残っても重傷を負って拠点に戻されている。
状況は苦しいままだ。一体でも連携して仕留めなければ死んでもおかしくないのに、それが次々と襲いかかってくるのだから。それでも私は声を張りあげる。
「後続の数も減っているから! 蝶妃たちが数を減らしてくれてるんだ! もう少し、もう少し頑張って!」
また一体、私ではなくて他の候補生たちが連携してなんとか倒せたようだ。
ソルジャーアントの死体が後続のソルジャーアントを阻む障害物になっているのは幸いだ。それでも拠点ギリギリまで押し込まれているのは覆せない事実なのだけれど。
「はぁあああッ!!」
弱音は吐いていられない。私は無茶を承知でこちらに向かってこようとしたソルジャーアントへと向かって突貫する。
私を噛み砕かんと迫った顎、それを紙一重で回避する。そのまま頭を蹴って胴体との関節部分まで駆け上るり、ブレードを突き刺した。
「あ、あぁぁああああッ!!」
深くまで突き刺したブレードを強引に振り抜く。頭と胴を繋ぐ部分を半分ほど切断し、無理に動こうとした勢いでそのまま頭と胴体が千切れて飛んで行く。
私は止めていた呼吸を思い出したように息を吸い、手にしていたブレードを見る。
「……こいつはもうダメか」
刃は折れ曲がり、もうまともに切れそうにもない。
私は放り捨てるようにブレードを手放し、周囲の状況を見る。
今、動いているソルジャーアントはいない。なんとか拠点の防壁を崩す前に倒すことが出来たようだった。
耳を澄ませば、遠くでは爆発音が聞こえてくる。恐らくは蝶妃の攻撃によるものだろう。その距離も少しずつこちらに戻って来ているのがわかる。
「あともう少しってところね……とにかく、次のブレードを持ってこないと」
私はソルジャーアントの死骸を蹴って、そのまま拠点へと戻ろうとする。
他の候補生たちも一時、拠点へと戻ろうとしているのが見える。そして私もそこに続こうとしたところで――拠点の門が閉ざされようとしていた。
「――は?」
私が思わず呆気取られて足を止めてしまう。そして私が見ている目の前で門は閉ざされた。
門を閉ざす直前、先に中に入った候補生たちが申し訳なさそうに私から目を逸らしたのは錯覚なのか。
「ちょっと、これはどういう事よ!?」
私は信じられない思いで叫ぶ。すると拠点の上から先に中にいたのだろう候補生の一人が顔を出した。
あの子は確か、レイカに付き従っていた紋白の……!
「……苧環アユミ、貴方には悪いと思ってるわ。でも、仕方ないじゃない? このままだったら拠点は守り切れないわ」
「何を言って――」
「だから囮になってよ。アンタならまだ一人で鎧蟲を相手に出来るでしょ! 私たちはもう限界なのよ! それに今は鎧蟲も来てない! このまま来ないかもしれない! だったら良いでしょう!」
……何を言われたのか、よくわからない。
彼女は何て言ってるの? 囮になれ? 私に?
「――私たちは蝶妃にならなきゃいけない、こんなところで死ぬ訳にはいかないの。それなら、蝶妃になれない貴方と私たち、どっちが生き残るべきかわかるでしょ? 私たちを生き残らせること! それが紋白の一員として、貴方が為すべきことなのよ!!」
ヒステリックに叫びながら、その候補生は全身を震わせていた。
その傍に彼女を支えるように、そして決して私へと視線を向けないように逸らした候補生たちがいる。
その中にヨツバちゃんの姿はない。……流石にヨツバちゃんまで害した訳ではないと思うけれど。
「……わかったわ。なら、せめて代わりの武器だけは頂戴。あと、拠点を守る気がまだあるなら、さっきの私の動きを参考にして。ヨツバちゃんにまで手を出していないでしょう?」
それには候補生たちは何も答えない。代わりに返ってきたのは、私の傍に無造作に投げられたブレードだけ。
地に突き刺さったブレードを抜いた頃には、壁の上には誰もいなくなっていた。
「……紋白として、か」
まさかとは思いたいけれど、レイカがあの子たちに何か吹き込んだのかな。
そんな想像が浮かんでしまうけれど、今考えたって気が滅入るだけだ。軽く首を振って私は息を整える。
拠点に迫ってくるソルジャーアントの気配はない。このまま来なければ良いのだけれど……。
「……そうもいかない、か」
蝶妃たちがこちらに戻って来つつあるのだろう。残党の殲滅も時間の問題だ。
けれど、その最後の大波だと言わんばかりに三体のソルジャーアントが拠点へと迫ってきているのが見えた。
同胞の死骸を踏みつけ、乗り越えながら迫ってくるソルジャーアントたちに私は深く息を吐く。
「……まだ、死ねない」
どんな状況になっても諦めない。それにあの紋白の子が言ったことも間違いではない。あの限界ギリギリの状況の候補生たちでは囮になるどころか、ただ無為に死んで終わりかねない。
なら、まだ私の方が生き残る目がある。隙を見て一体でも仕留められれば楽になる。ひたすら思考を前向きに、絶望の数なんて数えない。
「蝶妃が来るまでの時間稼ぎ……そうね、それが私のやるべきことよ」
ブレードを構えて、私は迫ってきたソルジャーアントへと自分の存在をアピールするように前に出る。
そして迫ってくる三体のソルジャーアント、それを彼等よりもサイズが小さいことを活かして隙間を縫うように回避していく。
「長距離走には慣れてるのよ、こっちはねぇ!」
走る、走る、走り回る。
翻弄しろ、決して動きを止めるな。隙を見逃さず、生き残る道を模索し続けろ。
生きる、生きるんだ、私は生き残ってみせる。どんな困難があっても、どんな絶望が待っていたのだとしても。
隙間を縫うような私の動きに苛立ったようにソルジャーアントたちが私に群がろうとする。けれど、私は時に彼等の身体を蹴って互いの動きを邪魔させながら逃げ回る。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ!」
息が苦しい、肺が今にも破れてしまいそうだ。
足が震えていて、いつ縺れてもおかしくない。
頭は酸素不足なのか、どんどんぼんやりとしていく。
それでも私は何かに操られるように踊り続ける。跳ね回り、地を転がり、無様な姿を晒しながらも。
「私は……! 絶対に……――ッ!?」
前に飛び込もうと蹴ろうとした地面に手応えがなかった。穴が空いていたのか、それとも体液で滑ったのか、もうそれを理解する時間は私にはなかった。
そのまま倒れるように地面に転がった瞬間、ソルジャーアントの足が上から私を押し潰した。
身体の中から、聞こえてはいけない音が次々と聞こえて来る。骨が折れる音、内蔵が潰れる音、その音を聞いたと認識した瞬間、目の前が真っ赤になった。
「ガハッ! あっ……? ガハッ、げほっ、ぁ……っ……?」
壊れていく、何もかもが。
まず自分が壊れていく。自分が壊れてしまえば世界すらも壊れていく。
壊れた世界の中では、何もまともに知覚することが出来ない。
「……ぅ……ぁ……」
思考が真っ黒に塗り潰されていく。
意識だけはここにあるのに、何も理解が出来ない。
身体は壊れてしまった。頭も壊れてしまった。全部壊れて、何もわからない。
何もわからないから理解する。――あぁ、これが〝死〟なのか、と。
(――私、死んじゃうのか……)
壊れた世界では、もう何も更新出来ない。
だから思い浮かぶのは今までの私が歩んだ人生の走馬灯だった。
初めて見たトワ様にどうしようもない程の憧憬を抱いたこと。
レイカと出会い、同じ夢を抱いて頑張ろうと誓い合ったこと。
イユと出会い、レイカと三人で笑い合いながら過ごしたこと。
一緒に参加した遠征でレイカが蝶妃に覚醒し、変わり果てたこと。
何回も遠征に参加しながらも蝶妃に覚醒する兆しがなかったこと。
そんな私を遠巻きに見ながら、いつまでも覚醒出来ないと嘲笑われたこと。
ゴールが見えない日々を、ただひたすら息が苦しくなるまで走り続けたこと。
浮かんで、消えて。
これから全部、なくなってしまう。
これが――〝死〟なんだ。
(――ふざけないで……ッ!)
それでも、私は生きたかった。
もう無事なものなんて何一つ残っていない。
だから諦める? 諦めるしかない? そうかもしれない。
(――嫌だ……! 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ!)
まだ何も出来ていない。まだ何もわかっていない。まだ何も残せていない。
満足なんて何一つしていないのに、ここで奪われる?
(――死んでたまるもんか……!)
もう何でもいい、何を差し出したって構わない!
生きたい、こんな不完全なまま終わりなんて迎えられない!
だから、だから、だから、だからァッ!!
『――お前に何が出来る?』
声が、聞こえた。
その声に私は意識を向けた。
そこに立っていたのは――どこまでも白いトワ様らしき〝誰か〟。
『――お前に何が出来る?』
「――わからない」
『――お前は何になれる?』
「――わからない」
『――何者でもないなら、何もない』
「――違う! 何者でもないからッ! 何かになりたいのッ!!」
『――お前は、無だ』
「――うるさい! 私を否定するな! 私はここにいる! 私は何かになる! その答えがまだ何もわからなくてもッ! だから、それでもッ!!」
支離滅裂で、綺麗でもなくて、理由にすらなっていないけれど。
それでもこの心が叫んでいる。これが断末魔だとしても、まだここに私はいる。それなら最後の最後まで私は叫び続けなければならない。
「無意味になんて……死んでやるものか――ッ!!」
『――そう。それなら、頑張ってみれば?』
白は、いつの間にか消えていた。
その代わりに何かがいる。それは……紛れもなく私自身だった。
薄らと軽薄に微笑み、嘲るように私を見下している。
その身に纏う色は、どこまでも黒くて――。
『いってきなさい。まだ本当の絶望も何一つ知らない愚かな子。――じゃあ、いつかまた会いましょう?』
そして、壊れた私は何かへと包み込まれるように意識が途切れていく。
最後に見た、その漆黒の色を目に焼き付けながら――。
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