05:殲滅作戦、開始

 一夜明けてから、私たちは今回の遠征の拠点となるポイントまで到着した。候補生たちが忙しなく動いて陣地を整え、準備を整える。

 人類がガーデン以外の生存圏を失ってから一体どれだけ経過したのか、その名残のように残る廃墟には蔦が覆い、大自然の中へと沈んでいる。

 中には伸びてきた木によって突き破られ、中から枝が突き出ているビルも見られる。その光景こそ、人類がこの世界に拒まれてしまったかのように感じるのはただの感傷なのだろうか。


「今回の殲滅対象であるソルジャーアントの巣は旧文明の地下施設に作られている。これより蝶妃による巣の殲滅を行う。拠点防衛の蝶妃たちは自らの判断で鎧蟲の処理に当たってください。候補生たちは蝶妃が有利に立ち回れるように、よろしいですね?」


 最終確認だと言うようにレイカがそう告げる。

 改めてトワ様の言葉を代弁するような立場にいるレイカの成長は著しい。態度に思うところはないけれど、彼女が優秀なのは事実だ。

 そのレイカの隣に立っていたトワ様がゆっくりと前に出る。そして、口を開いた。


「蝶妃は、己の役目を果たさんことを」


 ただそれだけ。けれど、その一言で蝶妃たちの顔色が変わった。

 あぁ、これこそが女王だ。その声色と立ち振る舞いだけで空気を一変させてしまうだけの何かがある。


「そして、未だ何者にもなれない候補生たち」


 そして、トワ様は候補生一人一人に注意を向けない。ただ、私たちはここにいるだけの有象無象でしかないと突きつけるかのように。


「この世界で生きて行くというのなら、己の存在を以てして証明しなさい」


 生きる。こんな人が生きて行くのが厳しい世界で。

 無関心だけれど、慈悲がない訳ではない。トワ様は道を示すように言葉を紡いだ。



「――鎧蟲を殲滅します。蝶妃たちは私の後に続きなさい」



 ――あぁ、命をかけた闘争が始まる。



   * * *



 鎧蟲と戦う時、蝶妃候補生たちはどう立ち回るべきなのか?

 私たちの武器は、ガーデンから支給された装備である。この装備があれば現代兵器すらも無効にした鎧蟲が相手であっても、奴等の甲殻を貫くことが出来る。

 問題なのは、これが剣や槍といった近接武器であることだ。正直に言えば飛び道具が欲しいところなのだけれど、無い物ねだりでしかない。


 そして幾ら鎧蟲を傷つけることが出来る武器があっても、簡単に絶命させられる訳でもない。

 だから私たちは鎧蟲を倒すことを目標にするのではなく、鎧蟲の注意を引き付けて蝶妃たちが殲滅しやすくなるのが役割なのだけれど……。


「ひ、ひぃいいっ!」


 悲鳴を上げた候補生に向かって人よりも大きな身体を持つアリ――ソルジャーアントが疾走する。

 鎧蟲は生理的に受け付けられないと感じる人が多い。それが自分に向かってくる恐怖に耐えられない人も中にはいる。

 いくら蝶妃が殲滅してくれているからといって、その数はすぐに減るものではない。それが蝶妃たちに向かわないようにするのが私たちの役割だけれど、それが簡単に出来たら苦労はしない。


「ヨツバちゃん! 回収!」

「は、はい!」


 後ろから追いかけてくるヨツバちゃんに指示を出して、私は手にブレードを握り直しながらソルジャーアントへと突貫する。

 横から接近してきた私に気付いたのか、目標を私に変えて足を振り上げるソルジャーアント。踏みつけて抑え込もうとするのを更に加速して振り切る。

 そのまま懐へと飛び込み、頭と胴体を繋ぐ関節部にブレードを突き刺す。体液が吹き出て気持ち悪いけれど、それを無視して更にブレードを奥底へと押し込む。


「――――ッ!」


 鬱陶しいと言わんばかりに暴れるソルジャーアント、私は突き刺したブレードから手を離して、その場から離れる。

 反撃を受けたからなのか、突き刺さったブレードもそのままにしてソルジャーアントは私に噛みつかんと顎を向けてきた。

 息を呑むような光景が迫る。しかし、その顎が私まで到達することはなかった。


「――伏せなさい、候補生!」


 声と共に放たれたのは光だった。

 その光は線を描くようにソルジャーアントへと突き刺さり、その外殻を貫いた。

 撃ち抜かれたソルジャーアントはびくりと痙攣し、そのまま力尽きたように崩れ落ちた。


「……ふぅ」


 周囲に他のソルジャーアントの姿は見えない。それを確認して、死骸となったソルジャーアントからブレードを回収する。

 体液でベトベトとなっていたけれど、手と持ち手の部分を綺麗にしておけばまだ使える。拠点に戻って次の武器を取ってくる時間も惜しい。


「……やっぱり蝶妃がいないとジリ貧だ」


 先程のソルジャーアントを撃ち抜いた光、あれが蝶妃の持つ異能の力だ。

 どうしても候補生は近接武器しか選択肢がない以上、牽制ぐらいしか出来ない。そんな私たちと違って単独で鎧蟲を相手取ることが出来る。

 その理由の一つが遠距離攻撃が出来るからだ。改めて見てしまうと羨ましいという思いが湧いてくる。


「アユミさん! 大丈夫ですか!?」

「大丈夫だよ、これぐらい」

「あんなに鎧蟲に接近するなんて、本当に見ててハラハラしますよ……!」

「これでも候補生としてはベテランだからね、良いところを見せないとね」


 私が攻勢に出られたのだって、蝶妃がすぐ近くにいて援護が出来る体勢にあるのを確認出来ていたからだ。

 そうでなければ立ち竦んでしまっていた候補生を連れて、さっさと離脱していたところだ。


「結構時間が経ちましたし、鎧蟲の数も減ってきましたよね?」

「……そうだね」


 早く終わって欲しい、と言わんばかりにヨツバちゃんがそう言う。

 ふと、視線を逸らせばヨツバちゃんが助けた候補生の周りに他の候補生たちが寄り添い、何やら励まし合っている。

 その励まし合いだって相手を励ましているだけではなく、自分を鼓舞しているようにも見える。


(……今回は少し長引いてる。数はそうでもないけれど、攻略に時間がかかっているの? 内部に潜入した蝶妃たちは大丈夫なのかな?)


 思わずレイカの顔が浮かんでしまったけれど、私に心配されたなんて知れば冷ややかな表情を浮かべるだろうと思ってすぐに忘れる。

 トワ様も同行しているのなら問題はないだろう。ソルジャーアントが相手で最強と言われるトワ様がやられるなんてことはないだろうし……。

 だとしたら、時間がかかっているのは巣の規模が思っていた以上に大きかったとか……?


「候補生たち、報告があるわ。よく聞きなさい」


 考え事をしていると、先程私を援護してくれた蝶妃が声をかけてきた。

 彼女は紋白の派閥であることをしめしている白いドレスは纏っていた。そのドレスには汚れの一つもついていない。

 蝶妃たちには優先的に装備が回されているので、通信機なども彼女たちが持っている。だから報告があるとすれば、巣の殲滅に動いている蝶妃たちから連絡があったということだ。


「まず朗報から。トワ様たちは作戦は完了、巣の破壊には成功したわ」

「本当ですか!」

「えぇ、トワ様たちはこちらに引き返している途中よ」


 その報せに候補生たちから安堵の息と、喜びの声が零れ出た。

 これでようやく帰れる。そんな思いから出てしまったのだろう。けれど、私は何か嫌な予感がしてその空気に乗り切れなかった。

 その不安を形にするように蝶妃が淡々と口を開く。


「報告はまだあるわ。朗報から、と言ったでしょう?」

「……え?」

「巣の破壊には成功。でも、報告よりも数が多いソルジャーアントが確認されていたの。殲滅を優先していたけれど、これ以上の長期戦は不利ということでトワ様による巣の破壊が行われたわ。その巣の破壊に巻き込まれなかった鎧蟲たちが地上に上がってこようとしているの」

「……それって、まさか」



「――トワ様たちが戻ってくるまで拠点を防衛します。但し、先程よりも数が増えますので、私の援護にも限界があるということは理解をしてください」



 ――戦いはまだ、終わりの気配を見せていない。

  

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