04:その理由を今でも探している

「今回の作戦目的はガーデン近隣に巣を構築している鎧蟲、ソルジャーアントを殲滅すること。巣の内部には蝶妃が侵攻し、目標を撃滅します。その間、蝶妃候補生たちは攻略拠点の護衛をして頂きます。護衛を担当する蝶妃も配置されていますが、場合によっては巣の壊滅のために蝶妃が総出で出撃する可能性があります。その場合は――」


 装甲車両で移動する中、改めてレイカから今回の遠征についての説明が行われていた。

 鎧蟲〝ソルジャーアント〟。鎧蟲の中では比較的甲殻が脆く、倒しやすいと言われている種類だ。けれど繁殖のスピードが早くて、こうしてガーデンの周囲に巣を作ろうとしては駆除されている。


(倒しやすいって言われても、候補生だったら一人では相手にはならないんだけどね……)


 あくまで異能の力を扱える蝶妃だから言えることであって、私たち候補生はソルジャーアント一匹が相手であっても生死の危険性がある。

 だからレイカの説明で攻略拠点の防衛についている蝶妃も巣に向かうかもしれないと聞いて、候補生たちの顔色が悪くなっていくのが見えた。


「あ、あの……レイカ様?」

「何か?」

「その、もし蝶妃様たちが巣の攻略に当たっている時に鎧蟲に包囲などされた場合はどうすれば……?」

「安心しなさい」


 レイカは不安から質問をしてきた候補生にそう声をかける。候補生は見るからにホッとした顔をしようとして。


「――その時は貴方たちの誰かが蝶妃として覚醒すればよろしいでしょう」

「……え? か、覚醒って……そんな自由に覚醒出来る訳では……?」

「では、死ぬしかありませんね」


 それが何か? と言わんばかりにレイカは平然とそう答えた。

 レイカの返答に質問をした候補生だけではなく、他の候補生たちも一気に顔色を悪くしてしまっている。


「そ、それは……!」

「私たちは生き延びるために最善を尽くしていますが、この世界は誰かの助けを待っていられる程、悠長にはしていられません。逆に、そんな世界でまともに生き延びることも出来ないなら――ここで死んだ方が幸せなのではないでしょうか?」

「……そんな」

「何も私も死んで欲しいだなんて思っていません。貴方たちには可能性があります。しかし、その可能性を腐らせるような半端な気持ちでいてもらっては困るのです。貴方たちが生きているために日々食べている食事も、生活の場所も、その全てにガーデンの資源が使われていることを胸に留めておくように。それで、他に質問は?」


 ……ちらりと私を見てからレイカはそう聞くけれど、誰も質問をするような子たちはいない。

 私も何も言わずにレイカを見つめるも、レイカは興味を無くしたと言わんばかりに私から視線を逸らすのだった。



   * * *



 目標地点までの移動、その休憩ポイントに辿り着いて野営の準備をする。

 移動に使っている装甲車両は蝶妃たちの寝所として使うため、候補生たちは交代で見張りをしながら野宿をすることになる。

 食事も蝶妃たちの食事が優先されて、私たち候補生の食事は味気ない戦闘糧食だ。栄養は十分なのだけれど、如何せん量が少ないので食べた気がしない。


「うぅ……訓練では食べたことがありますけれど、やっぱり美味しくないですね……」


 私の隣に座ったヨツバちゃんが涙目になりながらもそもそと戦闘糧食を食べている。

 野菜などを練り込んだビスケットのようなものなのだけれど、口の中の水分を一気に奪っていくパサパサが不愉快だ。

 水も自由に飲める訳ではないので、程良いところで噛み砕いたものを流し込むように水を飲む。


「慣れだよ、慣れ。良いものが食べたかったら蝶妃になればいいんだし」

「そんな簡単になれたら皆、苦労してないと思いますよ……」


 ジト目でヨツバちゃんに睨まれるも、それが現実な訳で。

 私はそっと息を吐きながら、懐に手を入れて小瓶を取り出した。


「これあげるから、機嫌を直しな」

「……何ですか? それ」

「花蜜のアメだよ、友達がこういうの作るのに凝っててね。……他の子には内緒だよ?」

「頂きます!」


 大きな小声という、そうとしか形容出来ない声でヨツバちゃんが返事をする。

 これはイユが作ってくれた飴モドキだ。ファームで私たちが自由に出来る資材は限りなく少ない。そんな中でイユが気休め程度に作り出した飴だ。


「……あんまり甘くないですね。ほんのりって感じで。でも爽やか?」

「ハーブを使ってるらしいよ。そういう小物を作るのが得意な友達なの」

「へぇ。でも戦闘糧食を食べた後なら気休めにはなりますね……」


 コロコロと飴玉を転がしながらヨツバちゃんはそう言った。

 それに私は微笑を浮かべながら、自分も飴玉を口の中に放り込んだ。


「……遠征ってこんな感じの空気なんですか?」


 ふと、ヨツバが僅かに声を低くしてそう問いかけてきた。

 それに私はヨツバちゃんの顔を見る。彼女はどこか不安そうな、それでいて真剣な表情を浮かべて私を見ていた。


「それはレイカ……蝶妃の態度が、ってことかな?」

「言ってることは理解出来るんです。でも、だからってあんな言い方をするなんて……」

「流石にあそこまで尊大に言い切るのは紋白の人たちが多いかなぁ。でも、間違ったことを言ってる訳じゃないから。蝶妃だって必ずしも鎧蟲に勝てる訳じゃない。皆、命がけで戦っているんだ」


 今回はわざわざトワ様まで同行しているのだろうし、結構大きな巣なのかもしれないし。

 けれど、そこまで詳しい情報は候補生までには回って来ない。あくまで私たちは攻略のための拠点を維持するための人員であり……。


(――私たちは、蝶妃たちに少しでも注意が減るための囮だ)


 だからレイカの言葉は本心からのものだろう。最悪、状況が蝶妃にも手に負えない程に悪化したら私たちは切り捨てられるだろう。

 そこで誰かが蝶妃に覚醒出来なければそこまで、本当にそういう状況な訳だ。レイカではないけれど、この世界で生きていくには半端な覚悟では生きていけない。


「……蝶妃ってどうやったら覚醒出来るんでしょうね?」

「それ、私に聞く?」

「あっ、ご、ごめんなさい! でも、なんか不安で……!」

「コツがあるんだったら私が聞きたい程なんだけどねぇ」


 蝶妃と蝶妃候補生。その二つを隔てる壁は大きい。力という意味でも、立場という意味でも。

 その壁を越えられないでいる私は、一体どうすれば良いのだろうか。


「……私たち、生き残れますよね?」


 ぱきり、と。ヨツバちゃんが飴を噛み砕いた音が聞こえてきた。

 舐める余裕もなくて、つい噛み砕いてしまったのだろう。その表情は暗くて、今にも沈んでいってしまいそうだ。

 そんなヨツバちゃんを落ち着かせるように、私は彼女の肩に手を置きながら言った。


「そのために私たちは今日まで頑張ってきたんだ。そして、これからも頑張るんだよ」

「……アユミさん」

「死んだ方が楽だってレイカは言ってたけれど、確かに生きることは辛いことの繰り返しだ。問題を解決しても次の問題が次からやってくる。どれだけ頑張っても今の問題だってすぐに解決する訳でもない。どんなに頑張っても、何も成し遂げられないまま終わってしまうかもしれない。――だから、それでもって言い続けるんだ」

「それでも、ですか?」

「うん。大した理由なんてなくてもいい。ただ、それでもって自分で言い続けられる理由を持っていて」


 それがどんなに他人から見て、些細で笑ってしまいそうなことだとしても。

 大きな夢を見て諦めてしまうよりは、叶いそうな小さな夢に手を伸ばし続けた方がずっと良い。

 それを何度も繰り返していけば、いつか大きな夢にまで辿り着けるかもしれないから。


「……アユミさんの理由は何なんですか?」

「私の理由?」

「はい」


 ヨツバちゃんが私を真っ直ぐ見つめてくる。あまりにも真っ直ぐすぎて、自分が見透かされてしまいそうなくすぐったさに軽く肩を竦めてしまう。


「私がそれでもって言い続けられる理由は……」

「理由は?」

「――私が一番知りたいのかも」


 私の返答にぽかんと口を開けた後、ヨツバちゃんはがっくりと肩を落としてしまった。


「え、えぇ……? 理由がわかってないんですか?」

「うん。そうかもしれない。でも、それが理由」

「……知りたい、から?」

「うん」


 ヨツバちゃんに答えながら、溶けて小さくなった飴玉を惜しむように噛み砕く。



「――どうして私がここまで頑張れるのか。私も、それを知りたいからなのかもしれない」


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