第52話 鬼
天地率いる探索班は、渓谷の底のような道を進んでいく。枝分かれした道は既に数知れず。マッピングをしていなければ間違いなく迷っているはずであった。当然のように電波は通っておらず、GPS等を利用しての現在位置の把握は不可能であった。
「あれから化物共はちょくちょく出てくるけど、何とかなってるな」
「そうっすね」
天地と剛力が話している。「小鬼」と仮に名付けられたその化物は何度か出現してきているが、その度に探索班によって処理されている。現代兵器も十分に通用しており、力不足を感じる場面は今の所無かった。
奈落に侵入してから既に三時間程度が経っている。天地はこの辺りで休憩を取ることにした。持ち込んだテントを張り、小さな陣地を作る。その中でも一回り大きなテントの中で、天地と剛力は話していた。
「剛力、地図の方はどうなってる?」
「はい!大体直進で来たので簡単なものですが」
そうして剛力はスマホに記録したスケッチを天地に見せる。横道が非常に多かったものの、風景は岩一色であり何も変化がない。ご丁寧におおよその距離が地図に書き込まれているが、出発地点と現在地とでは十キロメートル程の間が空いていた。
「地形の把握、敵勢力のサンプル、この二つがあれば初回としては充分と言えるだろう。帰りに少し横道を探索して、今回は帰還としよう」
天地は成果に満足し、ゴールを設定した。班員の様子を見ながら帰りの行程について考えていると、足元に違和感があった。
「ん、何だ?」
「班長、どうしたっすか?」
「剛力、足元に何か感じないか」
「いや何も......あれ、揺れてるかもっす」
二人の足裏からは、僅かだが地面の揺れを感じ取ることができた。ここにきて初めての現象に、警戒度が引きあがる。
「総員警戒!」
渓谷の底に響き渡る天地の号令。途端に探索隊は忙しく動き回り始めた。戦闘用兵器や人員の確認、キャンプ地の外側を観察していた班員は一段と気を引き締める。
次第に地面の揺れは大きくなり、明らかに感じ取れるほどになっていった。
(地震ではない、ゆっくりと周期的な衝撃......まさか足音か!?)
もしこれが足音であれば、その発生源はとんでもない化物である可能性が高くなる。天地は隣の剛力に早口で指示を出した。
「班員は迎撃態勢で整列!現状で用意できる最大火力の武器を持て!」
「了解!」
足早に駆けていく剛力を後目に、天地は振動が来ている方向を見る。そこには道が続いているが、先は暗くなって見ることはできない。事前情報の無い事態ではあるが、ここで焦る天地ではない。外側の観察員の情報を待っていると、その道の先から二人組の班員が走って向かってきた。
「報告しろ!」
「はっ!この先の道より巨大な怪物が接近中です!進行速度は緩やかですが、確実にこちらに向かってきています。キャンプ地よりの距離は、およそ百五十メートルであると思われます」
もう一人の班員が次ぐ。
「背丈は五メートル前後、灰色の筋肉質の肉体、右手に棍棒を持った化物です!」
「分かった、速やかに他の班員に合流せよ」
「「はっ!」」
二人がテントから離れていくのを確認した天地は装備を点検した後、続いて他の班員に合流した。既に迎撃態勢は整えられており、一本道を完全に遮るような形になっている。
天地は隊列の後ろに控える剛力に近づいた。
「どうだ?」
「まだ姿は見えません、ですが」
地面の振動は常に大きくなり続けている。ドシン、という音と共に心臓が跳ね上がろうとしているのを、この場にいる誰もが感じていた。
そして遂に、大きな体が影から姿を現す。
「でかすぎだろ......」
天地の口から呆気にとられた一言がこぼれ出る。班員の報告を聞いたときは、確かに聞いていたものの、どこか誇張があるのではないかと思っていたのだ。地球には五メートルの巨体を持った生物などそういない。それも二足歩行しているとなれば未だに確認はできていないのではないだろうか。しかし、目の前の光景が、班員の報告はとても正確なものであったと思わされたのだ。
「総員、撃てえ!」
敵を理解する前に、言葉が既に発されていた。五メートルの巨大な体は筋肉の塊のようであり、その右手には大木から切り出したかのような棍棒が握られている。豪脚が地面を踏み鳴らし、その顔には充血した二つの眼と牙を剥き出しにした口が付いている。正に”鬼”であった。
「......」
その鬼は銃弾の雨を受けても微動だにしない。その歩みを止めることなく、着実に探索班の隊に近づいて来ている。今まで効いていた攻撃が意味を成していないことで、徐々に班全体の雰囲気がおかしくなっていく。
「おい!おい!」
「効いてないぞ!何なんだこれは!」
(今まで効いていた銃弾が体表に弾かれている......なんて硬さだ)
異常事態による不安な心理は、確実に隊全体に伝播する。無論天地はそれを理解していた。緊張感は高まりつつも、それによって判断を鈍らせることは無い。だからこそ、即座に指示を出した。
「総員撤退!剛力が先導する!キャンプ地を放棄し、来た道を全速力で戻るぞ!」
探索班は最小限の装備のみを身に付け、剛力のマッピングを頼りに逃げ帰ることとなる。鬼はそれを変わらない速さで追いつつも、流石に追いつける訳も無かった。
人類初めての調査は、成果と同時に苦悩を与えるものとなった。
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