第50話 それぞれの対応

 自己紹介が終わり、千隼は次の議題に移ろうとしていた。


「さて、これから各班の役割を確認していく。資料には詳しく載っているが、何か質問があればこの場で聞くように」


 千隼以外の(智田は居ないが)全員は、事前に配られていた資料に目を落とす。


「まずは異常探索班。この班は主に新宿駅に出現した大穴の内部を探索してもらう。現在の常識には当てはまらないことが多々あると思われるが、それらの観察、対応、回収が役目だ。恐らく全ての班で最も命の危険があると推測されている」


 千隼は大穴が出現した直後、怪物たちの氾濫に対応した経験がある。そこから、大穴の内部には氾濫で出現したような化物が居てもおかしくないと予測できた。もしかしたら、氾濫で出現した化物は氷山の一角に過ぎないかもしれない。そう考えると異常探索班は最も危険な班である。


「任されたからには、全力でやりますよ!」


 それに対して天地は気合十分な様子である。自衛隊上がりの天地はフィジカルにも自信があり、サバイバルの訓練などもこなしてきている。彼も、彼以外もまさに適任であると考えていた。


「よろしい。次に治安維持班。新宿駅周辺及び大穴の周囲を警備、大穴の管理施設の運営が主となる。ただ、化物の氾濫時には最初に対応する班になるため、有事に備えて訓練することも業務の一つだ」

「了解です」


 想田は淡泊に返答した。


「最後に研究班だ。本人である智田は今居ないが説明する。異常探索班が持ち帰った情報や物品などを分析・研究し、今回の異変への対策方法を練ることが主な役割だ。ここには警察や自衛隊とは別に、日本各所の研究員が引き抜かれて配属されることになっている」


 他二班とは若干毛色が変わった班である研究班。直接危険がある訳ではないが、今回の異変解決の鍵となる班になる予定である。


「質問は......今は無さそうだな。それでは各班行動を始めてくれ。まずは行動方針の提出、私が承認したらそれを実行する流れだ。初期人員は今日指定の場所に集まっているはずだから、今から向かってくれ。」

「「はい!」」

「それでは、解散」


 各々が異変解決のために、動き始めた。








 新宿駅に大穴が出現してから一カ月が経過した。大穴は、まるで砦のような施設に囲まれており、中には多数の人員が勤務している。数多の監視カメラやセンサーによって周辺は監視されており、誰一人として無許可で侵入することはできないだろう。日本の最先端の技術が、この異変解決のために投入されていた。その名も、新宿異常管理施設、通称SAMFサムフである。

 世界で同時多発的に出現した大穴だが、一カ月でここまでの管理体制を整えられたのは、地震への対策ができていた日本のみであった。

 未だに施設が増設されているこのエリアだが、今日は普段に比べて一段と騒がしい様子である。施設の一階、この施設で唯一大穴への入口がある通路には、大勢の武装した軍隊のような人らが並んでいた。彼らの目線の先には、目の前にある金庫のようにロックされた金属製の扉がある。その様子を見た者達は、遂にこの日が来たと感じ取っていた。







「遂に今日か」

「はい!」


 千隼の声に天地が答える。SAMFの一室、本部長に与えられた部屋に千隼と思川、天地、想田が集まっていた。いつも通り、智田は研究室に籠っている。


「智田さん、今日も居ないんですか?」

「まぁいいだろう、成果は上げている」


 想田がため息をつくように愚痴をこぼすが、千隼は手に持っている数枚の紙をひらひらさせながら答える。智田は大穴関連のことで、既に手がかりを見つけ始めているようであった。


「ですが......」

「いいのよまほろさん、大丈夫だから。部長さん、続けて?」


 想田はそれでも少し噛みつき気味だが、思川がそれを宥めつつ千隼に振った。


「今日は初めて異常探索班が大穴に突入する。現状は特に異常が無いため、予定通りに進めていく。行けるか、天地」

「いつでも行けます!」


 天地もいつも通りのハッキリとした返事をする。これから重大な任務が始まるというのだが、まるで緊張を感じさせない様子に見えた。


「最優先は生還すること。情報を持ち帰り、研究班に渡すことが今回の目的です。そのため、可能な限りの接敵を回避し、戦闘行為も最小限に抑える予定です」

「よろしい。何度でも言うが、今回は初回の探索だ。成功も失敗も無い。マスコミが騒ぐだろうが放っておけ。兎にも角にも、まずは生還だ」

「了解です!」


 その天地の返事を皮切りに、千隼が立ち上がり、宣言をする。


「これより異常対策本部は、最初の大規模作戦を開始する。天地率いる異常探索班は大穴に突入し、情報を持って帰還せよ。想田率いる治安維持班は、今まで以上に周囲の警戒を行い、大穴に異常があれば即座に対応せよ。いいな?」

「「了解!」」

「では、解散!」


 これからの人類の試金石となり得る、最初の作戦が始まった。








 マスコミ向けの記者会見が終わった千隼と思川は、本部長室に帰って来た。千隼は質素な椅子に体を預けると、デスクに広がった資料の中から、一つのレポートを拾い上げる。智田が作成したものであった。


「これほど早く影響が表れ始めるとは......」

「この件について、未だ智田から詳細は上がって来ていません」

「構わない。これだけ早く成果を出したのが異常なんだ。気長に待つとしよう」


 その資料には、『大穴発生前後の空気中成分の変化』という文字列が入っていた。

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