第49話 顔合わせ

 上層部による会議があってから一週間後、千隼は異動の辞令を受け取っていた。


「何ですか、これは」

「俺も詳しくは知らん、だがかなり上の方からのお達しのようだぞ」


 千隼の上司である長谷川も頭を掻きながら怠そうに答える。その辞令には、千隼律を異常対策本部の本部長に任命するという旨が記載されていた。


「ちょっと前に上層部での会議があった。大方、あの新宿の大穴の件についてだろう。お前の名前がそこで挙がったってとこだろうな」

「何で俺が......」

「報告書に載った名前だからだろう。あの場で指揮を実際に取ったのはお前だし、それが無くてもお前は出世頭だしな、都合が良かったんじゃないか?」


 千隼はあれ以降、大穴の件について関わっていない。詳細についても聞かされておらず、異常対策本部が立ち上がったなんてことも知らない。正に寝耳に水といった状況になっていた。


「ま、程ほどに頑張りな」

「大丈夫ですよ。しっかり務めてきます」


 千隼は辞令を確かに受け取ると、自分のデスクを片付けた後、その場を後にした。








「さて......」


 辞令を受け取ってから一週間後、異常対策本部として用意された大きな部屋に、千隼は来ていた。主要なメンバーが集まるということで、その顔合わせのためである。


「私の他に四人と聞いていたのだが......一人足りなくないか?」


 現在千隼の目の前に居るのは三人である。一人は間違いなく遅刻をしており、そのせいか部屋の空気感は妙になっていた。

 集まった中の一人が、耐えられずに口を開いた。


「あの......とりあえず、始めませんか?」

「......そうだな」


 千隼は頷くと、音頭を取り始めた。


「さて、今回は異常対策本部の重要役職に就く者に集まって頂いた。私は千隼律。本部長を務めることになった。よろしく頼む」


 簡潔な自己紹介を終えると、近くにいた女性に次を促す。ブロンズの長髪に黒縁の眼鏡、身長は女性としては高い。その女性は眼鏡をクイ、と整えると、集まっている皆に向かった。


「私は思川おもかわ彩記あきです。副本部長を務めます。よろしくね」


 理知的でありながら柔和な印象を与える自己紹介の後、背の高い青年が前に出た。


「僕は天地あまち才図さいとと言います!今回、異常探索班長をやらせていただきます!よろしくお願いします!」


 短く切りそろえられた短髪と、整った容姿にハキハキとした発声。快活、という言葉を体現したような者であった。

 そしてこの場に揃っている最後の人が、前に出た。


想田そうだまほろと申します。治安維持班長として精一杯務めさせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします」


 黒目に黒髪のボブ、まるで優等生の鏡のような女性は、他の者に比べて堅苦しい自己紹介をした想田である。

 全員が全員の名前と顔を把握し、自己紹介が一段落した直後、ギィと木の軋む音とともに会議室の扉が開いた。入ってきたのは、一見すると完全に女子学生の風貌であり、この場には些か違和感がある存在である。しかし、この人物を知っている者は知っている。


「君は確か......」

智田ちだあやよ。研究班長、よろしく。じゃ、あたしはやることあるから」


 そう言うと智田は会議室を退出し、扉をパタンと閉めてしまった。気まずい空気が流れる中、あまり気にしていなさそうな天地が声を上げる。


「千隼本部長、って呼べばいいですか?」

「それは良いが、どうした?」

「いや、さっきの彼女のこと、知ってるっぽかったじゃないですか」


 天地は先程の、遅刻をしたにも関わらずそそくさと行ってしまった智田のことを気にしていた。千隼が何かを知っているような反応をしていたが、天地は智田のことは何も知らない。


「よくニュースにも出ているだろう。国立科学研究所の天才だ。つい先日も何かの発表だとかで記者会見をしていたぞ」

「あー、成程。もう少しニュースを見るようにします」


 若干気恥ずかしそうに天地は下がっていく。

 当然、天地以外に智田を知らないものはこの場には居ない。国立科学研究所の天才。十五歳にしてすでにその才能を見出され、分子の構造に関する論文が学会誌に載った。現在でも未だ十八歳だが、研究所のエースとして注目されている。ニュースにもよく現れており、世間的にも知っている者は多い。


「はぁ......大丈夫かしら」

「ごめんって!割と自衛隊って訓練が大変で、そういうニュースに中々気を割けないんだよ。」


 想田が呆れたようなため息をつき、天地が謝る。天地は自衛隊から抜擢された人物である。体力試験では同期内、もしくは全体でもトップクラスであり、その身体能力と善性の塊のような性格が評価され、異常探索班長に抜擢された。

 想田も同年代の中ではトップの成績で警察学校を卒業後、厳格かつ意欲ある姿勢とそれに付随する結果を持ち合わせ、今回は治安維持班長に選ばれたのである。


「大丈夫かしらね......」

「何とかするしかないだろう」


 既に仲が険悪になりそうな二人を見ながら、先を思いやる千隼と思川であった。

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