間章 未知への対策

第48話 組織編制

「以上が、今回の調査によって判明した内容とのことです」


 とある一室にて、頭を抱える人物が一人。防衛大臣の山本順一は、これから舞い込んでくる仕事の内容を考え、憂鬱になっていた。

 世界各地で起きた異常現象。日本にも出現したそれに、リーダー達は対応に追われていた。中でも日本を守る役目を担っている防衛省は、その対策の中核を担うことになる。


「どうしてこんなことに......」

「私に言わないでください」


 齢六十三の山本の顔には、無数の皺が浮かんでいる。常日頃からプレッシャーのかかる職務ではあるものの、最近は特に皺の数が増えている気がしていた。

 そんな山本の泣き言に辛辣に返す女性が一人。


「藤原、そんなこと言わなくてもいいじゃないか」

「知らないですよ」


 山本の秘書、藤原優香である。最近は部下から回ってきた資料を山本に渡す度にこうなるため、その対応にはもう慣れたものだ。

 藤原のいつもの塩対応に項垂れつつも、頭の中では対策を考えている山本。


(新宿駅地下に出現したという大穴、現在は警察によって封鎖されているというが、後々は自衛隊が管理することになるだろう。ただデカい穴が空いたってだけなら、管理用の施設を建てるってだけで良かったんだがなあ)


 山本は資料の一部に目を落とす。


(内部に階段ができていて、そこから化物が大量に出てきただと?意味が分からん)


 山本が最も頭を悩ませている部分がこれである。大穴が空いたのみであれば対処法はいくらでもあった。新宿駅は一時的に機能停止するが、いずれは復旧できるだろう。しかし敵勢力が出てきたとなれば話は別である。それこそ自衛隊が動かなければならない事態だ。


(しかしこの異常事態がいつまで続くのかは見当もつかない。自衛隊のみで面倒を見るというのも限界があるな。ここは警視庁と連携して、治安維持と異常管理の同時並行で......)


 考えを巡らせる山本。自衛隊はあくまで大穴からの脅威に対する防衛に徹し、警察隊を周囲の治安維持に充てるという手を考える。新宿駅はもはや廃墟と化しているため、人手は幾らあっても足りない状況になっていた。


(......いっそ、自衛隊と警察隊が連携を取る専門組織を立ち上げるか?これだけの異常事態だ、そのくらいの事をやってもいいだろう)


 考えながらも要件をパソコンに向かいながら纏めていく。ある程度形になったものを、山本は各所にメールで送った。








 後日、防衛省と警察庁の上層部が一堂に会していた。その中でも上位の立場として、山本は皆の前に立って説明を始めた。


「皆、今回の異常事態についての現状は、手元に配った資料の通りだ。何とも受け入れがたい事になっているが、実際に起きてしまっているのだから仕方がない」


 一拍、間を入れる。


「そこで、警視庁と防衛省で連携を取り、対処していく方針で行こうと考えている。現状では自衛隊だけでは管理しきれない。警察隊の力も必要だ。異論はあるか?」


 山本が異論を問うが、誰も手を挙げることはない。この場の誰もが、現状が非常事態であり、協力体制を築かなければならないと理解していた。


「よろしい。ではまず最初に、今回の異常事態への対策本部を立ち上げる。大まかな枠組みは資料を見てほしい」


 資料には【異常対策本部】と銘打たれた図表が広がっている。


「主な区分けとして、異常探索班、治安維持班、研究班の三つからなるものとする。我々防衛省と警察庁は、その中でも異常探索班と治安維持班に多く割くことになるだろう」


 皆がある程度納得しているような面持ちであることを確認しながら、山本は話し続ける。


「異常探索班はあの大穴の内部へと侵入し、あれが何なのかを調べる事が大きな役割だ。無論、内部に巻き込まれた一般人が居た場合、その救助も行ってもらう。治安維持班は大穴の外に待機しながら、一般人が大穴に侵入しないように警戒することと、もし再度化物が現れた時に戦闘を行うことを役割とする」


 戦闘、という言葉が響くと、部屋の空気が少しひりついたような、今までとの空気間とは一段変わるような気配を山本は感じた。現代日本において、大々的な戦闘が行われることは殆ど無い。しかし化物との戦闘は、すでに一度起こってしまったことである。二度目が無いとは限らない。演習ではない、本当の戦闘を行わなければならない状況が近づいて来ていることを、皆が肌で感じていた。


「研究班に関しては民間、国立問わない研究機関と連携を取り、今後組織していく予定だ。あの大穴が一体何なのか、なぜこのような事が起こったのかを解き明かす必要がある。でなければ国民の安全を保障することはできないだろう。研究班は、異常探索班が大穴から持ち帰った情報を精査、研究することが主な役割だ」


 山本による主な班の説明が終了した。皆が今後のことについて考え込む中、一人が手を挙げる。


「どうぞ」

「ありがとうございます。今回発表された異常対策本部の人員の配分や、重要な役職の担当者はどのように決めるお積りでしょうか」


 大穴の出現は、前代未聞の事件に間違いない。そして当然、事件解決に関われたとなれば大きく評価される。出世を考える者たちにとって、これは重要な問題だった。

 山本はこの質問が来ることを当然のように理解していた。


「それに関して、現在大穴付近の警備に当たっている人員は優先的に分配したいと考えている。それの方が状況の飲み込みが早いだろう。その中でも......」


 次の言葉に、警察側の人間が騒がしくなった。


「千隼律、彼には重要な役割を担ってもらおうと考えている」

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