第47話 一歩目

「俺な、結構どうしようもない人間だったんだ」


 唐突な間宮の言葉に、ナイアは目を丸くする。


「い、いきなり何よ」

「まぁ聞いてくれって。で、俺はこの奈落に落ちてくる前、大学生だったんだ」


 ナイアが口を挟むが、それでも間宮は話し続けた。


「色々勉強して、将来に活かそうって感じだったんだけど、勉強って俺にとっては面倒なことだからさ。結構サボってたんだ」


 間宮が異空間から元々持っていたバッグを取り出す。中にはパソコンやノートなども入っているが、書き込まれている内容は大したことは無い。


「自分の将来のことなんてどうにかなる、なるようになるって考えてきた。自分のことに無関心で、無責任で、だらしなかった」


 ナイアは静かに間宮の言葉を聞いている。小さな空間には、間宮の声がやたらと反響した。


「そんな感じで自分のことはどうでも良いと思ってたんだが、この奈落に落ちてきて、お前に会ったんだ。お前に会って、この奈落の最下層まで行って欲しいって言われたとき、そういうのもアリだったって思い出した」


 無意識に間宮の手には汗が滲む。間宮はナイアと目を合わせ、ナイアが言ってくれたことに対し、返答するように声を発する。


「だから......なんだ、ありがとうな。戦いの中だけじゃない、俺をここまで連れて来てくれて、ありがとう」


 ここまで言ったのに、急に気恥ずかしくなってきた間宮は顔を伏せる。ナイアもナイアで、間宮がこんなにも直接的に言ってくることを予想していなかったため、その背中に生えている羽が挙動不審になっている。


「な、なな何よ!どうしたのよアンタ急に!」

「いや、別に......」

「別にじゃないわよ!どうすんのよこの空気!これから新しい階層に行くっていうのに、何か変な感じじゃない!」

「も、元はと言えばナイアお前からだからな!お前が自信がどうとかなんとか言いだしたからこうなったんだろうが!」


 急に騒がしくなる空間。先ほどの静かな雰囲気は嘘のように吹き飛び、いつもの、もしくは少し過剰な意地の張り合いが繰り広げられる。二人とも顔を赤くしながら、相手を声で張り倒そうと必死になっていた。


「アンタが―――」

「お前が―――」








「はぁ......はぁ......」

「ぜぇ......ぜぇ......」


 数分後、間宮とナイアの二人ともが言い争いで息を切らしていた。言い争いと言っても物騒なものではない。語気は強いかもしれなかったが、内容はただの照れ隠しの応酬である。

 ごほん、と間宮が咳を一つして仕切り直す。


「まぁ......いいや......この辺で......」


 お互い酸欠である。間宮も奈落に落ちてきて以来、これほど大声を出したのは初めてのことである。だが、言いたい事は言えたとばかりの爽やかさを、間宮は密かに感じていた。


「よし、行くか」

「ハイハイ、仕方ないんだから」


 仕方ないとは言いつつも、ナイアはしっかり間宮の隣を飛んでいる。言い争いの余韻が口調に残っているようだ。

 間宮は装備を確認する。ローブをしっかり羽織り、ブーツのベルトを締める。魔力を装備に流し、衝撃耐性を上げられることも確認する。異空間を開き、短剣と魔石を取り出して再度仕舞う。魔力を練って魔法を軽く発動させ、超能力空間干渉能力の発動も可能であることを把握した。


「大丈夫かしら?」

「ああ、行けるぞ」


 間宮は下層への螺旋階段の前に立つ。その時に、第十階層で起きた事が頭の中を反芻する。

 ナイアに出会い、魔力を手に入れ、超能力を手に入れ、魔物を倒し、魔法を手に入れ、死線を潜り抜け、試練を突破し、間宮はようやく踏み出そうとしている。地上の自分を過去の者とし、現実に追いついてきた。

 正常な成長ではないかもしれない。それでも確かに、間宮にとっては成長だった。荒療治にも程があるかもしれないが、間宮は変わっていった。そしてこれからも変化を続けていけるかもしれない。


 そんな曖昧な、だが確かな希望を胸に、間宮は一歩目を踏み出した。








「彼の者がこれほど成長するとは......」


 其の者は間宮に視線を向ける。しかし間宮がそれに気づくことは無い。


「導き手が居たとしても、生き残れる者は少なくない......分かっていたこととはいえ、心苦しいものがありますね」


 其の表情を窺い知ることはできない。しかし空間が震え、波が通り過ぎる瞬間に、それは余りにも強烈に感じさせた。


「兎も角、私にできることは多くない。できることは、彼の者達の無事、そして成長を眺め、祈ることのみです」


 其の手を見ることはできない。しかし願いはいずれ、天を揺るがすことになることは、神も知らぬことである。


「私の子らよ、どうか希望を繋いで―――」








 


 階段を下りていく。新品のブーツが石床を打ち、軽快な音を螺旋階段に響かせている。片手を壁に寄せ、慎重に下りていく。

 次の瞬間、空間が一瞬にして歪み、直後には目の前に扉が出現していた。間宮が振り返ると、そこには上っていくための螺旋階段が存在し、自分たちが今しがたそれを使って下りてきたことを意味していた。


「今の、何だ?」

「瞬間移動みたいなものね。あんなバカみたいに高い塔なのよ?ずっと階段を上り下りしてたら大変でしょ?」


 ナイア曰く、昇降の負担を軽減するための仕組みのようである。確かに、と間宮は一人合点をしながら、大きな金属扉に手を掛けた。その外には新たな階層が広がり、間宮らを歓迎し、もしくは排除しようと牙を研いでいるはずである。だが、


「それじゃ、行くとするか!」

「ええ、行きましょ!」


 気持ちに曇は無い。二人は、新たな階層へと踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る