第46話 プロローグ2
俺、間宮空は恵まれた人間だと思う。
別に家庭が裕福だったとか、特別な才能を持っていたとか、そういう事じゃない。貧困に喘ぐことなく日常を普通に過ごすことができたり、常に何かに駆られているということも無かったということだ。
特に不自由を感じることは無かった。勿論俺は学生だから、何か欲しい物があった時に金欠で買えないとか、そういうことはある。でもそれは殆どの人間が経験していることで、俺が特別という訳じゃない。それもバイト代を貯めればその内買えるようになる。こんなことで悩めるのは、学生の特権だとさえ思える。
両親も優しい。ちゃんと俺のことを考えてくれてるっていうのが分かる。俺が何かやらかしてしまったときにはちゃんと叱られる。俺が何かを達成したときはかなり褒められる。小さい時からずっとそうだった。妹も俺に当たりは強くない。これが普通だと思っていたけど、ネットの世界に触れてからはかなり恵まれた環境であることをしった。
体も五体満足。コミュニケーションも普通にできる。話したり遊んだりする友達も数人はいる。教育もしっかり受けさせてもらえた。そんな恵まれた、どこにでもいる人間の一人だ。
だからと言い訳をするつもりはないが、俺は自分自身に対して無頓着だった。特に何か特別な行動を起こさなくても、普通な明日はやって来る。
普通の時間に起きて、朝ご飯を食べて、学校に行って、友達と話して、勉強はそこそこに、友達と遊んで、晩ご飯を食べて、寝る。その繰り返しで明日はやって来る。勉強はたまに大変だったけれど、それはみんな同じだった。友達と、
「勉強まじだるいんだけど」
「それ。さっさとゲームしたいわ」
なんていう内容が無い会話をする。それで十分だった。
だから、高校受験の時は大変だった。いきなり自分のやりたいこととか、行きたい学校とか、そういうものを考えないといけなくなった。
考えたことも無かった。今までは雰囲気で日常を過ごしてきていたから、自分のことについてしっかり考える機会も無かった。何となく自分はこのまま高校に行って、大学に行って、普通の企業に就職して生活していくんだな、なんて思っていた。
ゼロから考え始めても、今まで経験したことは栄養になることなく消化されている。思い起こせる経験なんて無かった。だから当然高校は雰囲気で選んだ。皆が行きたいと言っている、人気の所に行けば何とかなると思った。
そして何とかなってしまった。周りの雰囲気に流されつつ、無難に日常を過ごしていく。中学校の時と全く同じだった。時折危機感が俺自身を急かすこともあったが、それも惰性の中に消えていった。
高校三年生になり、大学受験を控えるようになった。勿論大学というのは自分のやりたい事を勉強しに行く場所だと、今は分かる。でも、当時はやりたい事なんて無かったんだ。
両親に相談しても、
「自分のやりたい事を考えてみなさい」
と言われてしまう。これは良いことだって分かっている。両親から進路を強制されず、自分で考えさせてくれるというのは恵まれている。両親も、何も俺を困らせようとしている訳ではない。ちゃんと俺の将来を尊重してくれていた。それが逆に苦しかった。
だから、就職に有利って言われている理系に進んだ。幸い、理系科目に対して特段苦手意識があるわけじゃなかった。それなりに勉強して、それなりの大学を受験し、合格した。合格発表があった時、両親は喜んでくれたが、俺は素直に喜びきれなかった。嬉しい気持ちと、これでいいのかっていう不安が込み上げてきた。
そして大学生。皆が楽単という講義を積極的に取り、テストやレポートが多い講義は避けている。自分の興味は二の次。どれだけ楽に卒業するか、楽に大学生活を過ごすかを考えていた。今までと同じだ。怠惰の麻薬漬けになってしまった。
これではいけないという意識はある。でもここまで惰性でやってきて、何とかなったという嫌な成功体験が邪魔をした。どうにかなるだろう、という思考が常態化してしまっていた。
俺は、俺自身に興味を無くしていたんだと思う。
これ以上特に変化はなく、小さな波に揺られながら人生を進めていく。平坦で、つまらない人生。そうしたのは自分だというのに、これから行動すれば何かが変わるかもしれないというのに、俺自身を早々に諦めてしまっていた。
そんな俺を、あの精霊が変えてくれた。
最初に出会った時は、不安しかなかった。変わり果てた周囲の環境。ろくでもない所というのは目覚めてからすぐに実感していた。そんな時に現れた人外。眠っていたナイアを見つけた時は警戒するしかなかった。
だけど、ナイアが目を覚まして、言葉を交わして、あんま悪い奴じゃないと思った時、あの提案がされたんだ。
「アタシとしては、下層にいって欲しいんだけど......だめ?」
ナイアのために、だ。俺自身のためじゃない。誰かのために何かをするっていうのは、気づけば当分やってこなかったことだ。ただひたすらに自分に無関心で、それでも自分自身を見つめさせられていた俺の頭を、動かしてくれた。
そう、両親にも言われたことがある気がする。
「空、誰かの役に立つような人になりなさい。人は一人じゃ生きていけないのよ。空が誰かを助ければ、誰かが空を助けてくれるから」
封じていた記憶みたいなものが、少しずつ思い起こされてきたんだ。誰かのために行動する。やってみてもいいんじゃないかと思えてきた。どうせ俺自身はどうでもいいんだ。だったら俺にやれることをやってみよう、と思えた。
だからナイア、お前の提案に乗ったんだ。
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