第43話 番犬

 二頭狼が吠える。ゲルオンが後方に下がり、その代わりに二頭狼が間宮の前に立ち塞がり、頭上から見下した。二つの口からは唸り声が絶えず響き、いつ噛みつかれてもおかしくない状況となっている。新たな化物に、間宮は短剣を構えながら一挙手一投足を観察する。

 直後、二つの口が大きく開き、魔力が収束していく。熱気と冷気、違う系統の魔力が集まっていき、口内にエネルギーとして出現する。


「二種類のブレスか?」


 二つのエネルギーが発射される。それと同時に、警戒していた間宮は前に駆け出し、ブレスを潜り抜けながら二頭狼に接近する。追尾するブレスが頭上を掠めるが、それを意に介せず間宮は突進する。ブレスの放出が終わった時には、間宮は二頭狼の懐に滑り込むことができていた。


「ふっ!」


 二頭狼の足元に到達した間宮は、まず足を狙った。短剣に魔力を通し、前足の付け根に向けて刃を振るう。

 しかしそれを待っている魔物ではない。狙われている足を振り上げ、黒光りした鋭い爪で応戦する。ガキン、というおよそ爪と刃がぶつかった音とは思えぬ響きがした直後、衝突した爪が少しずつ崩壊していった。


「金属相手だけじゃないのか」


 短剣の能力を把握していく間宮。とんでもない物を手に入れてしまったと、今になって思っていると、二頭狼が体勢を変えた。重心を低く屈ませ、四本の健脚に力がこもっていく。その直後、爆発的な音と共に砂埃が舞い、間宮の周囲を二頭狼が走り出した。

 走っている二頭狼の姿を間宮は捉える事ができなかった。ゲルオンの身体能力とは比にならない、音速と言って差し支えないほどの速さである。走り抜けた時に生じるソニックブームが、間宮の身体を殴り始めた。


「はやっ!」


 ナイアは間宮の服の中に籠っている。その中からでも、風圧による衝撃を感じ取れていた。

 間宮は自分の眼に魔力を送り、視力の強化を期待する。しかしそれでも、全く捉えられなかった姿が残像を視えるようになった程度で、精細さは欠けていた。

 そして間宮が思考している最中、一瞬だけ風が静かになった。


「何が......っ!?」


 気づいたときには間宮の目の前に二頭狼の爪が迫って来ていた。強化された視力によって、その爪の鋭さは精巧に見えている。黒光りした凶刃は、間宮に命の危機を知らせるのには十分だった。

 反撃は間に合わないと判断した間宮は、咄嗟に両手を交わして頭部を守る。その直後には腕が抉られる感覚と共に、石壁に叩きつけられていた。


「......がふっ、痛え......」


 潰された肺に何とか息を掻き入れながら、間宮は追撃に備えてその場を離脱する。二頭狼の爪は両腕を交わした部分を抉り、片腕は白い骨が見えていた。


「ナイア!治療頼む!」

「もうやってるわよ!」


 全力の身体強化を使いながら、ドーム状に作られた試練の間を走り回る間宮。衝突の際に発生した煙によって、二頭狼の姿はまだ見えない。間宮は壁にぶつけられた場所から出来るだけ離れ、距離を取ろうと考えていた。

 しかし、ゴウ、という音と共に煙が一瞬で払われると、またしても間宮の眼前に二頭狼が出現した。攻撃の警戒ができていた間宮だが、それでも無事であるもう片方の腕で、頭をカバーすることしかできない。突き出された爪は、それでも身体強化による恩恵のお陰で、間宮の腕に切り傷をつけるに終わった。


「今っ!」


 魔物の攻撃が浅手に終わった今しかないと、間宮は全神経を集中させる。


「『断ぜ......』」


 と言いかけた瞬間、二頭狼は既に間宮の正面にはおらず、またしても戦場を縦横無尽に駆け続け、残像を作り出している。


「こっちからやるのは......無理......だな......」


 一撃にして大打撃を受けた間宮は、息を整えながら改めて観察する。


(あの狼にはカウンターしかない。今のところゲルオンが動いてないのが幸いだな。あれも居たらまじで不味かった)


 ゲルオンは離れたところで棒立ちになりながら、少しずつその体を再生させている。邪魔をしたいのは山々であったが、そこを二頭狼に狩られたらどうしようもないため、手を出せないでいた。


(次の攻撃で決めてくる。俺は今、一度奴の攻撃を防ぎ、反撃したんだ。それを学習してくるはず。次にカウンターできなければ、俺は死ぬかもしれない)


 間宮は壁から離れ、試練の間の中央に歩いていく。その間、二頭狼が手を出すことは無かった。


(やるしかない。ぶっつけ本番だな)


 間宮は全ての身体強化をした。何かを感じたのか、二頭狼の速度がさらに上がる。その風圧で吹き飛びそうになったが、何とか間宮は地力で立っていた。


「『氷獄』」


 間宮の周囲の地面に、今までで最も巨大な魔法陣が展開される。そこから出現した無数の氷の鎖は間宮の制御下にあるものではなく、無秩序に空間内を暴れまわり、荒らしていった。巻き込まれたゲルオンも、自慢の脚力で鎖の波を躱し続ける。

 そして二頭狼も同様だった。さらに、魔法を発動している間宮の隙を狙う余裕さえ存在した。身体強化を解除し、全てを魔法の発動に注ぎ込んだ間宮に、二頭狼の突進を避けられる余裕はない。


 その直後には既に、間宮の頭部は二頭狼の牙で噛みちぎられる寸前であった。

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