第42話 魔剣
血塗れになったゲルオンが、土埃の中から姿を現す。鉄のフルフェイスに隠された表情を見ることはできないが、かなりの深手を負っていることは明らかだった。
「よし、アイツはドームを展開している間、その場からは動けないみたいだな」
「アンタよく思いついたわね」
「意外と鉄板じゃないか?」
間宮のそこはかとないゲーム脳が、階層主突破の糸口となった。間宮の魔力は十分余力が残っており、能力も問題なく使用できる。
「さっさと決めるぞ」
間宮が再度魔力を練り上げる。また『氷獄』が決まってしまえば間宮の勝ちは目前である。メトデフをはじめとする強者との戦闘は、間宮を確実に強くしていた。
その時、集中していた間宮の意識が、衝撃によって一瞬途切れた。
「があっ!?」
元々間宮は身体強化を常に施しているため、一撃で落ちるようなことは無い。それでも魔力による防御を貫通してくる程度には、その衝撃は重かった。
衝撃に一拍遅れて頭を揺らされているとき、間宮は暖かさを感じた。ナイアによる治療が始まったのだ。
「大丈夫!?」
「何とか、それよりなんだ?」
眩暈によってブレている視界が定まる前に、何かが急接近してくる気配を間宮は感じた。爆発的な脚力を発揮し、横に跳び込んで回避する。その背後では、何かが壁面に衝突するような音が響き渡った。
煙が晴れると、そこには五体満足のゲルオンが立っていた。
「まじか」
「自己治療したってこと!?」
「らしいな。ナイア、服の中に入ってろ。思いっきり動くぞ」
「はいはーい」
ナイアは間宮のボロボロのTシャツの中に潜り込み、襟に掴まって顔を出した。それを確認した間宮は使える魔力を出来るだけ身体強化に回し、いつでも動ける準備を整えた。
ゲルオンの三つある頭の内、一つが間宮の姿を捉えた。瞬間、間宮とゲルオンは互いに超速でぶつかり合い、槍と短剣が鍔競り合った。
「重い......っ」
体格差は歴然である。一般的な身長の間宮に比べ、ゲルオンの体長は2メートルを大幅に超えており、筋力も階層主にふさわしいものとなっている。さらに六本足によって強固に支えられているため、単純な体格勝負では間宮に勝ち目は無かった。
槍を無理やり弾き、一歩飛び下がった間宮。
「あんまり切れ味が良すぎるのを振り回すのは怖いが、やるしかない」
間宮は短剣に魔力を込める。銀色を反射する刃はほのかに光を帯び、魔力による圧力を発していた。
魔力が通せたのを確認した間宮は、先程とは逆にゲルオンに向かって突進し、その刃を突き出した。ゲルオンはそれに対して槍を横に構え、迎え撃とうとする。短剣と槍が衝突すると思われたが、現象は間宮の予想を大いに上回った。
「え?」
魔力を込められた短剣は槍の柄を容易く切断し、さらに間宮の突進している勢いそのままに、刃はゲルオンの胴体を貫いた。ゲルオンの頭の一つが大きくえずき、吐血する。
「や、やばいわねそれ」
「少しズルしてる感覚になってきた」
槍を持っていたゲルオンの胴体は徐々に力を失い、真っ二つになった槍を取り落とす。地に落ちた槍だったものは、切断面から少しずつ空気中に溶けるように塵と化している。切断したというよりも、酸などによって腐敗しているとする方が正しいとも思える様だった。
「ここまでやれる道具が揃ってるんだ、これで死んだら恥ずかしいな」
短剣が物体を腐食させるような能力を持っていることを把握した間宮は即座に切り替え、ゲルオンが持つ二つの大盾を壊しにかかった。
ゲルオンが大盾の他に防御する術は、ドームを張る能力しか見せていない。間宮がここで短剣によって切りかかれば、大盾で防ぐかドームを張るかの二択である。しかし、大盾で防げば短剣によって破壊され、ドームを張れば間宮の能力によって深手を負う。今の間宮が全力で身体強化をすれば、ゲルオンの超人的な身体能力にも追いつくことができる。間宮から見れば、完全にチェックメイトであった。
しかし、それで試練は終わらない。
「「ガアアアアアッ!」」
間宮が大盾に短剣を振りかぶった瞬間、ゲルオンの二つの頭が金切り声を上げた。間宮が鼓膜を裂くような音に耳を塞ぎながら様子を注視していると、突然地面に赤色の魔法陣が出現する。
「何だ?」
直径5メートルはありそうな、赤黒い光を放つ魔法陣である。時間経過と共に、いつの間にか黒い霧のようなものが魔法陣の上に集まっていき、化物の威容を模り始めた。
やがて霧が濃さを増していき、実体を持っていく。漆黒の体毛、強靭な四足、そして狼のような凶暴な頭部が二つ。二体出現したという意味の二つではなく、一つの胴体に二つの頭部が付いている。
「......オルトロス、だったか?」
「何よそれ」
「俺も詳しくは知らない。聞き齧った気がするだけだ」
短剣を握る手に力が入る。異形の番犬が、間宮らの前に立ち塞がった。
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