第29話 破界

「『破界』」


 魔力が収束する一点、その空間のみを破壊する。今までの平面ではなく、正真正銘、が顕現した。

 ガラスが割れるような、暴風が荒れ狂うような、自然現象で聞こえてはいけないような音が周囲に響き渡る。破壊の主は空中に、真っ黒な直径10センチ程度の球として出現した。それは魔力回路を破壊しつくしたのち、周囲に霧散した”火球だったもの”を吸収しながら縮小していき、遂には消滅した。後に何も残さず、まるで何事も無かったかのように、きれいさっぱりと。


「......っはぁ!はぁ......」


 反射的に力を行使していた間宮が意識を取り戻す。肌の一部が焦げているようだが、ナイアの治療によって少しずつ治ってきていた。急に大きな虚脱感が間宮を襲い、敵の根城の正面だというのに地面に座り込んでしまう。


「が、はぁっ......ナイア、どうなった?」

「色々無事よ、アンタ以外はね」


 歪んだ視界は徐々に戻っていき、地面の黒焦げになっている草に焦点が合う。魔法による影響を間宮はひしひしと感じていた。


「それで、どうするの?アンタかなり疲れてそうだけど」

「このまま行こう」


 間宮は言い、ゆっくりと立ち上がる。心なしか、以前よりも負傷からの立ち直りが早くなっている気がしていた。これも魔力増加の恩恵か、と考える。


「一度帰ったところで、再度来た時に同じことをされたらたまらない。今攻略する」

「確かにそうね、んじゃ行きましょ!」


 魔法攻撃があって以降、砦からの砲撃などは無かった。それほどに魔法攻撃が大規模なものだったのだろうと推測される。

 ナイアの治療によってすっかり体の調子が戻った間宮は、城門に向かって再度走り出した。








「全く、鞄が黒焦げだ」

「諦めなさいよ」


 間宮がいつも大学に持っていくショルダーバッグは、先程の魔法による熱波によって真っ黒になっていた。幸い中身のパソコンなどは無事のようだが、だからといってこの状況で使えるわけもなく。


「邪魔だよなぁ」


 いつも魔物と正面切って戦う際、間宮はバッグをその辺に放り投げていた。荷物を狙う魔物などここまで存在しなかったため特に支障は無かったが、ここにきて手荷物を持っているデメリットが出てきている。


「捨ててもいいんじゃないの?」

「まあパソコンはいいんだけど......いや弁償を考えたら良くないんだけど」


 このパソコンは間宮の自前ではなく、大学から貸与されているもののため、直接的に損害を被るわけではない。しかし大学から弁償しろと言われてしまえばそれまで。


「事情を話せば分かってくれるか?いやそれよりも、水筒は持っておきたいんだよ」

「あぁ確かに、魔水を入れられるって訳ね」


 魔水は非常に優秀な間宮の回復手段であった。荒療治にはなるものの、瞬間的な回復力で言えばナイアの治療に匹敵する。今は空っぽであるため、階層主がいる塔へと行く前に補給することも、間宮らの目的の一つだ。


「ちょっと色々考えるか」

「色々って?」

「俺の力って多分”空間に干渉する力”だと思うんだよ。それを巧いこと使って荷物を小さくしたり、別空間に置いておいたり、なんてできたらいいなって」

「その発想は中々出てこないわよ」


 ナイアにとっては斬新な発想であるが、これまで現実世界で創られてきたフィクションに触れてきている間宮からすれば、よくある発想だと言える。とは言え、いざ実際にやろうとするとそう簡単にはいかない。


「単純にイメージの問題だと思うんだよな」

「魔法と似たところがあるのね」

「さっき使った『破界』もそうだった。自分が何をどうしたいのかっていう目的とか理屈とか、そこら辺を明確にすると多分上手くいく」


 火球の魔法を破壊したときが思い出された。あの時は魔力の流れが集まった一点を破壊するため、それを強くイメージして力を振るった。結果、空間の小さな一転のみを完全に破壊する能力が発動した。


「ま、取り敢えず保留だな」


 そんな話をしていると、ようやく砦の城門前まで辿り着いた。見上げれば灰色の岩が幾つも積み重なり、20メートルはありそうな壁を成している。装飾は無骨なものとなっており、木製に見える門は堅く閉ざされていた。


「これ、簡単には開きそうにないな」

「この門、魔力が流れているわ。強化されてるわね」


 間宮が手で押そうとしてもびくともしない。身体強化を施したとしても変わらず、力でどうこうするという方法は取れそうに無かった。


「しょうがないな、ゴリ押しするか」

「アンタ何する気よ」

「門を壊す」


 間宮はそう言うと目を瞑り、いつものように自分の力を引き出そうとする。


「わざわざぶっ壊す必要なんて無いわよ!」

「すでにこっちの姿は晒してるんだ。『破界』がどこまでやれるのかの検証もやりたいしな」


 右手を正面に突き出すと、少しずつ城門の真ん中の空間が歪み始めた。


「アンタ、無鉄砲さに磨きがかかってきたわね」

「探求心があると言って欲しいな」


 空間が歪み続け、遂に黒い点が現れた。周囲の空間にヒビを入れながら、黒点は少しずつ大きくなっていく。直径10センチにもなったと思われたところで、膨張は止まった。


「『破界』!」


 力が解き放たれた特異点は空間ごと周囲の物質を破壊し、まるでブラックホールであるかのように、あらゆる物質を飲み込んでいった。巻き込まれた城壁は粉々に砕け、地面は隕石が落ちたかのように抉れていく。


「......すげえ威力だ」

「とんでもないわね」


 空間の歪みが元に戻った時には、門は半径10メートルにも及ぶ球の形にくり抜かれていた。

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