第26話 氷獄の力

「この魔法強すぎるな」


 跡地を離れて数十分、魔牛を倒しながら間宮は若干呆れながら呟いた。


「強いんだったらいいじゃない」

「それはそうなんだけど、戦い方が雑になりそうで怖い」


 習得した魔法『氷獄』だが、非常に使い勝手の良い魔法であることが、実践を通して分かって来ていた。最初に使った段階で色々とできそうな雰囲気はあったものの、まさかここまでとは間宮も思っていなかった。


「牛は当然のように瞬殺だな」


 そう言いながら新たに出現した魔牛に対して手を翳す。この辺りは丁度分布地となっているようで、かなりの数が生息していた。そのため魔法練習の的には困らない。

 特に魔法名の宣言もせずに魔力を練り始めると、青い魔力は間宮の手から一本の氷の鎖として射出され、魔牛の頭蓋を貫いてしまった。即死である。内部の臓器は冷気によって凍り、血飛沫の一滴も垂らさない。


「ここまで使い勝手が良い魔法だとは」

「そうね、この使い方はアタシもびっくりかも」

「そうなのか?」

「普通、魔法書で習得した魔法って、記録されている魔法だけなのよ。それで、記録されている魔法を工夫して使うってことは基本ないわけ」


 魔法書を使って魔法を習得した場合、魔法の形を変えることは基本的にできないとナイアは言う。しかし間宮はその形をかなり変えて使用できている。


「何でだろうな」

「多分イメージの強さの違いかしら。魔力は使う人の意志やイメージを頼りに変わってくから、それが上手くいってるのかも」

「なるほど」


 間宮も少し前までは魔力にイメージを伝達し、球や矢の形を作って攻撃していた。それと同じようなものだろうかと間宮は考える。

 応用性の話は置いておくとして、このままでは間宮の戦闘能力が全く上がらない。


「強い魔物を積極的に狩っていこうと思う」

「ホントに大丈夫?」

「大丈夫だ。もう自分から窮地に突っ込むなんてことはしない」


 さらに間宮は空間に干渉する新たな力にも目覚めている。今のところは空間を裂く『断絶』と、空間を分ける『断界』、そして空間把握能力の3種類と言ったところ。これらを揃えれば、今まで戦ってきた魔物らにも、かなり優位に戦えることは間違いないと間宮は踏んでいた。


「どうせ避けられない道だ、やる気のある今やろう」













 さらに塔の方向を向きながら森の中を探索していると、経験したことがあるような気配を感じた。二人が木の陰に身を潜め、周囲の様子を窺っていると、そこには熊の魔物が現れた。間宮らを感知することは無く、ただ歩いているだけのよう。

 以前は満身創痍まで追い込まれたが、今の間宮は違う。


「あいつ、やるか」

「気を付けなさいよ」


 間宮が魔力を練り始める。ここまでの道中で頻繁に使ってきたからか、魔法の発動もスムーズになって来ていた。間宮の魔力は魔法として織り直され、掌に集まっていく。

 すると魔熊が何かに気付いたように、間宮らが居る方向に振り向いた。間宮が高めている魔力に気付いたのだ。魔晶に侵食された体を動かし、最大限の警戒をしているようだ。

 しかしその方向からは魔法は飛んでは来なかった。


「『氷獄』」


 それは魔熊の足元から現れた。一、二本ではない。十数本の氷の鎖が魔熊に殺到し、大腿部を貫いて雁字搦めにしてしまう。胴体も完全に封印され、身動き一つ取れない状態となっていた。


「......っ」


 無論間宮も必死だ。何せ一度は殺されかけた相手である。魔牛に使うような貧弱なものではなく、自分が出来る限りの強度を保てるように魔法を使った。そのおかげで間宮の魔力の大部分が消費されたが、おかげで魔熊は動けない。良い判断である。


「仕留める、『断絶』」


 間宮の奥底に眠るもう一つの力を引き出す。それは間宮の意志に呼応するように空間に干渉し、魔熊の周囲を空間もろとも引き裂いた。

 空気を震わせる断末魔が響き渡り、魔熊は地に倒れ伏す。血だまりが広がっていき、その体には抉るような切り傷が無数に入っていた。


「......よし」

「いい調子じゃない」


 魔熊が微動だにしなくなったことを確認して、間宮とナイアは体を陰から晒す。そして一息つくと、いつの間にか震えていた手先が収まったようだった。無意識のうちに緊張していたらしい。とは言え、間宮の力の検証としては上々の成果だろう。

 落ち着いて魔熊に近づいていくと、その瞬間、気持ち悪いほどの悪寒を感じた。


「何!?」

「ソラ!危ない!」


 死んだはずの魔熊が動き出し、弱まっていた氷の鎖を砕きながら間宮に突進してきていた。その速さは目に終えるものではなく、まさに命を燃やすような行動である。

 間宮は気づいたら、既に目の前には巨大な爪が立てられていた。顔面が切り裂かれるまでコンマ数秒。間宮の意識はその速さに追いついていなかった。


(何でもいい!守れ!)


 目を瞑り、両腕を眼前でクロスさせ、いつ来るか分からない衝撃に備えていた間宮だったが、いつまで経っても変化がない。

 恐る恐る間宮が目を開けると、そこには無意識に『断界』が展開されていた。力の主を守るように、ドーム状に展開されたそれは、しっかりと魔熊の攻撃を受け止めている。間宮の意図せぬ防御意志に力が呼応し、空間を分断したのだ。

 想定外の状況に困惑している魔熊。そして、もうそのような隙を見逃す間宮ではない。


「『断絶』!」


 振るわれた力は空間を裂き、魔物の首を完全に分断した。

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