第24話 収穫

「『断界』」


 魔物の腕が地表間際で止まる。間宮によって空けられた空間の断裂を殴ったところで、一切の衝撃は発生しない。辺りは急に静かになった。


「ようやく掴んだ」


 極限の集中によって、間宮は魔物の一挙手一投足を認識できるようになっていた。正確には、魔物が存在する空間の状態を認識することで、魔物の動きを間接的に把握していた。尤も、その原理を間宮自身が完璧に分かっている訳ではない。極限状態においても集中を深め、確かな意志を見せた間宮が無意識に行っていることである。

 苛立ちが溜まっていく魔物。最初は雑魚を追い詰めたと思ったら、今度は謎の力に目覚められ、全く思うようにさせてもらえない状態だ。魔物の全身に目に見えて力が入り、震えている。


「もう見えてる」


 如何に魔物が腕を振るい、攻撃しようとしても、その悉くを間宮は防ぎ続ける。ただの一歩も動かず、岩のように構え、正面から全てを受けきる。


「『断絶』」


 魔物の左腕が飛ぶ。空間に干渉することで物体を完全に断ち切った。前は不完全な切断で終わってしまったが、力を掌握した今、隔絶された力量差が無い限り、間宮の攻撃は防御不能のとなっていた。『断界』と合わさり、間宮は正に無敵の矛と盾を持つに至る。

 森が震えると錯覚するほどの悲鳴。内臓が弾けそうになるほどの衝撃を何とか受けきる。どれだけ強靭な盾を持とうと、無差別な攻撃にはどうしようもない。


「きっついが......まだ!」


 ともすれば吹き飛んでしまいそうになるため、力を込めて地に足を突き立てる。衝撃は脳を揺らし始め、意識が遠のきそうになるが、最後の力を振り絞る。


「『断絶』!」


 空間に亀裂が走り、魔物の右腕も切り飛ばした。魔物は怒りを通り越し、目の前の小さな生き物に恐怖を感じる。まるで得体の知れない力を操る化物。立場は完全に逆転した。

 両腕が無くなり、不安定になった体を揺らしながら間宮から逃げていく。なけなしの体力をすり減らしながら、森の奥へ逃げようとした。しかし、


「『断界』」


 すでに囚われの身になってることを自覚できていなかった。籠に捕らえられた魔物は、限られた空間で暴れることしかできない。しかし、その衝撃が籠を揺らすことも、外へ波紋を広げることも無かった。

 間宮は最後の意識を振り絞り、勝利の宣言をした。


「俺の勝ちだ、『断絶』」


 血飛沫が舞う。間宮は、新たにこの奈落に勝利の戦跡を残した。


「うっ......」

「はいはい、あとはアタシに任せて、さっさと寝ちゃいなさい」


 大事なとこではやはり頼りになるな、と間宮は思った。















「......ここは?」

「アンタ、それ言うの2回目よ」


 目の前には木造の屋根。魔物の集落に何とか残っていた家屋に二人は居た。端々には亀裂が見られ、この家屋もすぐに倒壊してしまいそうな雰囲気を漂わせている。最近も似たような状況があったな、などと思いながら、ゆっくりと倒れていた上体を起こした。

 傍には、呆れながらも心配そうに間宮を見るナイアが居た。


「あのねぇ、魔物と戦うたびに倒れられちゃったら、こっちの心臓がもたないんだけど!」


 結構怒っているようだ。一応ナイアは間宮が戦闘している最中も、巻き込まれないようにしながらサポートをし続けていた。何度も間宮が限界を感じながらも継続戦闘ができたのは、間違いなくナイアのお陰である。

 そんなナイアだが、間宮が死にかける所を間近で何度も見ているため、この抗議は当然だろう。


「悪い、今後は心配かけないようにするよ」

「それ、前も言ってた気がするんだけど?」

「そ、そうか?」


 ナイアが居なければ死んでいたのは事実だった手前、どうこう言いづらい間宮。ナイアの視線の圧が、間宮を少しずつ申し訳なくさせていた。


「まじで今後は気を付けるから」

「本当よね?次おんなじことしたら、こうよ!」


 と言いながら平手打ちを素振りするナイア。どうやって早く平手打ちを繰り出そうか、などと考えていそうなナイアを見ていると、不思議と落ち着く感じがしてきた。


「ありがとうな、ナイア」

「ホントにそう思ってんだったら、今後はこんな無茶しないこと!」

「はいはい」

「アンタホントに分かってんの!?」


 落ち着いた間宮は立ち上がり、家屋の外へ出た。この家は集落の端も端であったらしく、何とか戦闘の余波からは逃れられていたようである。辺りはまさに更地になっており、その残骸は森の奥まで飛んで行ったような形跡があった。

 中でも大きな跡地が間宮の目に付いた。あのミノタウロスのような巨大な魔物が根城にしていたと思われる家屋は、それを形作る木が木っ端微塵となっていた。僅かに残っている木片のみが、そこにあったと思わせている。


「ん?何だ?」


 間宮が散歩がてら少し回りを見て回っていると、その跡地の中から魔力的な何かを感じさせるものがあった。間宮は今までの戦闘を通して、魔力に対しての感受性が大幅に高まっているため、この違和感を感じ取ることができた。


「なんかあるわね」

「ナイアも分かるか」

「当然でしょ!アタシ精霊なんだから!」


 うっかりすると忘れそうになる情報を改めて主張するナイア。二人が跡地を探していると、倒壊した木の中から一冊の本を取り出すことができた。この本から魔力的な波動を感じ取れる。表紙には幾何学的な模様で埋め尽くされており、紙質は一見古本のようにボロボロでありつつも、魔力で保護されているのが分かる。


「ナイア、これが何か分かるか?」

「これ、魔法書じゃない!」

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