第23話 掌握

 間宮の奥底から力が溢れ出る。肉体的にも、精神的にも限界を迎えそうだった間宮が、それでも意志を示したことで、その力は呼応した。


「『断界』」


 世界が割れる。翳された手の前には、空間を四方平面に切り取ったような異質な穴が空いていた。その中は宇宙のような深淵が湛えられており、覗き見ることはできない。この空間は間宮の支配領域。間宮の許可無くしては、如何なるものも通り抜けることはできない。

 間宮の頭蓋を粉砕せんと振り下ろされた戦斧は、いとも簡単に『断界』によって防がれた。衝突したときの衝撃は無い。戦斧はその領域に触れた瞬間、完全にのだ。

 初めての感覚に戸惑う魔物。その動きが瞬間的に止まり、それが致命的な隙となる。遂に掴んだ力を離すまいと、間宮は連続して力を行使した。


「『断絶』」


 世界が裂かれる。間宮が軽く右腕を縦に振るうと、その軌道に沿って空間に亀裂が入った。その範囲においては如何なる物質の連続を許さない。その軌道に巻き込まれた魔物の右腕は、今までの頑丈さが嘘のように切断された。

 地を揺るがす咆哮が森林に鳴り響く。今までの立場はまるで無くなり、敵対者足り得ると魔物は判断した。魔物の身体が脈動し、戦斧が握り折れてしまいそうになるほど、筋肉が発達する。これも身体強化の一種だろうか、と間宮は考えた。

 変化した魔物は正に巨人。体長は10メートルを超え、四肢は丸太とすら比較にならない。肉体は完全に再生され、元々持っていた戦斧は片手斧のスケールに収まってしまうほどの変化だ。目は血走り、より赤黒くなった体表からは蒸気が立ち上る。魔物は間宮に対し、完全に本気を出していた。


「『断絶』」


 さらに世界を引き裂く。しかし前は完全に断ち切ることの出来ていた攻撃だが、今回はその腕に深い傷を残すだけで、切断は出来なかった。


「何?」


 その隙を見逃す魔物ではない。剛腕を振るい、間宮に戦斧を叩きつける。その速さは残像を残すほどで、間宮の目では捉えることなどできなかった。


「っ!」


 反射的に『断界』を発動できていなければ、間宮は死んでいただろう。目では到底追いつけない動きだったが、間宮は何か感覚的なものを掴むことで、その攻撃をできた。


(何だ、今の感覚は?)


 知らない感覚に戸惑う間宮だが、これが利用できれば十分勝機が見えてくる。間宮は辺り一帯に意識を集中し、魔物の動きを目ではなく感覚で捉えるよう、受けの姿勢を取った。

 これを見た魔物はさらに攻勢を強める。両腕による乱打は雨のようで、縫えるような隙間もない。その衝撃波は木々をなぎ倒し、地面も吹き飛ばしてしまう。『断界』によって間宮は衝撃から守られているが、辺りはすでに更地と化していた。


(集中しろ......焦るな......)


 轟音が響き続ける中、間宮はとにかく魔物の動きに集中していた。目で追うのではなく、を使って感じ取ることを続けている。間宮は『断界』や『断絶』を使った際に、空間を認識するイメージを無意識にしている。間宮自身が認識した空間に対して、力を行使し干渉するのだ。

 先程偶然掴んだ感覚。それを手探りで探し当てる。もちろん間宮の耳元には轟音が鳴り響き続けており、魔物の圧力を正面から受け止めている。間宮の気力は少しずつ削られていた。


(意識を広げるんだ。俺を中心に、周囲に神経を這わせていくように)


 それは繊細に行われていた。間宮の認識は周囲の空間情報と徐々に接続され、周囲の状況を精密に把握できるようになっていく。木が折れた。地が抉れた。風向きが変わる。雑草が揺れる。地形の情報を掌握し、間宮は自分の状況を自分の力で認識していた。


(もう少し......)


 感覚の手は魔物の領域へと伸びていく。憤怒している魔物はそれに気づかない。間宮のみを真っ赤な視界に捉え、攻撃を止めることは無かった。

 魔物の足元を認識する。一歩も動く様子は無いようだ。

 魔物の下半身を認識する。強靭な筋肉によって上体の動きを支えていた。

 魔物の腹部を認識する。魔物地震の魔力によって強固な防御がされていた。

 魔物の胸部を認識する。呼吸による上下が止まらない。

 魔物の首を認識する。熱気の頻繁な出入りによって非常に高温だ。

 魔物の頭を認識する。口は開ききり、絶えず蒸気が漏れている。

 魔物の腕を認識する。目に見えない速度で振り下ろされ続けているが、間宮には届いていない。しかしそれは『断界』によるもの。間宮の意識が弱まればそれまでだ。


(あと少し)


 動いていない間宮の額には汗が滲む。頬に一筋流れるだけでも、それだけで意識が逸れそうになってしまう。もはや間宮は、自分の身体の神経からの感覚を一切受け付けていない。全ての意識を自身の力に向けていた。

 間宮にとって永遠にも感じられた数秒、『断界』への攻撃は不可能と判断した魔物が殴ることを止める。腕を地面に向けて振上げ、辺り一帯を吹き飛ばそうとした瞬間。


「『断界』」


 魔物の腕が止まる。間宮の空間認識は、魔物の手先にまで及んでいた。


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