第22話 再現

 何とか魔物の群れを討伐できた間宮。しかし終わりでは無かった。


「っ!」


 あの時と同じ。熊の魔物が現れた時と同じような威圧感を間宮は味わっていた。間宮は既に満身創痍。奇しくも状況はあの時と似たようなものになっていた。

 間宮の身体に大きな影がかかる。頭の上からは荒々しい呼吸音が聴こえてきて、吐かれた息は火傷しそうな熱さだ。


「......」


 ナイアは大人しく声を出さないようにしている。意を決して間宮が顔を上げると、そこには先の魔物の3倍はありそうな体躯の牛の化物が居た。灰色の体表には赤黒い血管が浮き上がり、筋骨隆々の肉体からは蒸気が噴出しているような圧迫感。その頭には一対の曲がった角、右手にはその背丈ほどはあるだろう戦斧を引っ提げている。その風貌は、間宮がまさによく知っている「ミノタウロス」だった。


「はぁ......はぁ......」


 この状況が目的であるというのは間宮も当然分かっている。分かってはいるが、その圧力にやられてしまいそうになっていた。少し動いたらあの戦斧が振り下ろされる。そんな確信を持っていた。

 それでも、動かなければ倒せない。


「......はぁっ!」


 全力の身体強化を掛ける。この状態を維持するのは、2分も保てば上出来と言ったところだろう。後先考えない捨て身の行動に間宮は出た。

 短剣に魔力を通し、地面を蹴って瞬間的に魔物の股下を通り抜ける。踏み込んだ地面が吹き飛び、何かが破裂したような衝撃音が鳴った。股下を通り抜けた直後に180度の方向転換をし、魔物の背中を抉ろうと短剣を突き出した。

 しかし間宮の手に伝わってきたのは、肉を抉ったような感覚ではなく、金属を叩くような手堅い感覚だった。


「なぁっ!?」


 魔物はその右手に持っている巨大な戦斧を軽々と操り、間宮の短剣を斧の面で受けていた。間宮を見ず、体勢を一切変えず、右腕のみを動かして間宮の動きに追いついて見せた。

 魔物はちらりと背後を軽く見るように間宮を視界に捉える。その目は間宮を意に介していない、しかし同胞を殺した害虫のように認識していた。

 足を止めてはならない、と感じた間宮はさらに攻撃を加えようとする。爆発的に強化された足で魔物の周囲を駆け回り、短剣による攻撃を次々に繰り出した。しかしその悉くが魔物に弾かれ続ける。


(何だこれ......強すぎる!)


 最初に居た有象無象とは桁が違う。もはや桁が違うという表現でも生ぬるい、別次元の生物ではないかと間宮は感じていた。この魔物ミノタウロスと間宮が殺した魔物牛頭が同じ集落に居たのが不思議でならない。

 間宮が攻撃を始めて十数秒、魔物が唸り声を上げた。


(何か来る!)


 今までの少ない戦闘経験からでも感じ取れる凶兆。間宮は防御に全魔力を注ぎ、完全な防御態勢を取った。

 瞬間、間宮に巨大な何かに叩き潰されるような激痛が走った。脳震盪によって頭が回らない、視界が定まらない、全身が悲鳴を上げ過ぎて、どこまでが間宮自身の身体なのかを認識できないほどに。間宮は魔物に殴られ、100メートル以上の距離を吹き飛ばされていた。


「あ、ああ、あ」

「――、―――――」


 間宮が呻き声を上げる番になった。視界の端に水色の何かがうろついているが、それが何なのか考える余裕はもうない。感じられるのは、巨体が地面を揺らす振動のみだ。

 しかし本能は感じている。あの化物に追いつかれたら、今度こそ死ぬ。のようなことが起こらない限り、必ず死ぬと。

 少し頭の整理がついてきた間宮。足に力を込め、ゆっくりと立ち上がる。背中には暖かい感覚があった。ナイアはずっと間宮の治療をしていたのだ。


「アンタ、気を......ううん、頑張んなさいよ」

「ああ、ありがと」


 間宮は魔物と相対する。前は不可思議な力に振り回された結果何とかなったが、今回はそうではない。間宮は完全な自分の意識を持って立っている。


(俺の今の力じゃこいつを倒せない)


 それは確信。あの全身全霊の攻撃で傷一つ付けられなかったのだ。ただ魔力を使って攻撃しても、間宮自身の寿命を削るだけである。


(だから、あの力を引き出す)


 間宮は自分の中に眠る力を、自分の意志で引張り出すことが必須だと考えた。あの時はどうしたのだろうか。間宮は記憶を思い起こす。


(敵を倒すことに必死だった。でも、それは重要じゃない)


 魔物と相対する時、間宮はいつでも必死だ。元はただの一般人が、自分自身を殺しに来る生物と戦う際に、手を抜けるわけがない。もしそれが鍵だとしたら、間宮はとっくに力に目覚めているだろう。それでは何が重要なのか。


(自分の意志を明確にすることだ)


 あの時、間宮はナイアとの約束を強く意識した。それを経て自分が何をしたいのかを改めて認識し、それを行動しようとした結果、あの力が発現したのだ。

 気が付けば魔物はもう間宮の目の前まで迫って来ていた。それでも間宮は焦ることは無く、落ち着いて迎え撃つ。その心中は、すでに一つの意志で固まっていた。


「何度でも示してやる」


 魔物が戦斧を振り上げる。丸太のように太い巨腕によるそれは一瞬で間宮の目の前まで迫り、もし直撃することがあれば、間宮の頭蓋なんて消し飛ばされてしまうだろう。

 しかし間宮は落ち着いて手を前に翳す。その身はすでに限界で、立っているのがやっとだ。それでも精神は折れていない。力を掴んだ、その確信をした。


「俺はこの奈落の最奥まで行く。邪魔な敵は、全てぶっ壊してやる」


 鍵が開く。間宮の意志の奥底から、力が溢れ出た。


「『断界』」

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2024年7月7日 21:00

神の試練の始まりです。 citrus @citrus07

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