第二章 一歩目

第19話 今後の方針

 温かい感覚が湧き上がってくる。優しくて眩しい光のようだ。このままいつまでも浸かっていたいが、この光の主は早く目覚めてほしいらしい。意識の深海からゆっくりと上昇していくと、間宮の目には一面の緑が映っていた。


「ここは......?」

「っ!ソラ!大丈夫!?」


 間宮は地面に仰向けにされているようだった。地面に生える芝の柔らかさ、冷たさ、吹き通る風がどれも心地よい。顔を横に向けてみると、泣きそうな顔をしてこちらを見ているナイアが居た。少し前にもこんな顔を見たような気がした。


「ああ、何とかな」

「良かった......よがっだぁ......」


 ナイアの泣きそうな顔が今にも崩壊しそうだ。どうしたらいいのか分からない間宮は困惑してしまう。口がパクパクと開くだけで、慰める言葉は出てこない。


「ゔぅ......」

「あー、何だ、その」


 意味のない言葉が滑り出る。伝えなければならないことは山ほどあるが、どれから言えばいいものかと回らない頭で思考する。とりあえず、


「ナイア、お前のお陰で助かった。ありがとう」


 これは正真正銘の事実だ。猪の魔物と戦った時も、ナイアが治療し続けていなければ危なかった。また、熊の魔物の一撃を食らっても意識を保てていたのも、ナイアのお陰である。ナイアが居なければ、今頃間宮は血だまりの海に沈んでいただろう。


「ゔ......うん」


 少し落ち着いて来ただろうか。間宮は上体を起こして木の幹に寄りかかる。ナイアが拾ってきてくれたであろうバッグを開け、水筒の中に入っている魔水を飲んだ。喉の渇きが潤されると同時に、魔力が少し戻ったような気がした。


「さて、っと」


 一息つけたところで、間宮は今後の行動について考えた。ナイアとの約束のために、奈落の最下層を目指すことは確定している。問題は、実力が全く伴っていない所だ。猪の魔物、熊の魔物との連戦で、実力不足は痛感していた。最後に使えた不可思議な力が無ければ、今頃二人は死んでいたはずである。


「そ、そういえば!あの力はなんなのよ!」


 そんな間宮の思考に割り行ってくる声。魔力の流れが見えるナイアでさえも知らない力。魔力を使用しないということは、魔法ではないことは確実である。しかし、そんな力が人間に備わっていることなど、ナイアは聞いていない。無論、間宮も見当のつかない代物だが。


「俺も分からん。何だか知らんが使えたって感じだ」

「アンタねえ......それって今でも使えるの?」

「うーん、微妙だ。あの時は無我夢中だったから使えたのかもしれんが、落ち着いた今は使えない。いや、自分の中にことは分かるんだが、それをいまいち掴み切れない」

「ふーん」


 分からないことは気にし過ぎても仕方ない。今後のことを考え直す間宮。


「とりあえずだ。魔物と初めて戦ってみて、自分の実力が足りないことが分かったので、塔に行く前に周辺の魔物と戦いまくって経験を積もうと思います」

「それが良いわね、アタシも少し早とちりしちゃったみたい」


 ナイアは間宮に対して少し申し訳ないような面持ちで言う。奈落の最下層まで行くという希望を間宮に押し付けてしまったと思っているのだろう。もっとも、間宮はそんなことを毛ほども感じていない。


「それと、もう一度をする必要があるんだよな、多分」

「何でよ、あんま無理しないで欲しいんだけど」

「あの熊の魔物と戦った時の感覚、もう一度感じることが出来れば、何か掴める気がするってことだ」


 この奈落の最下層を目指すために、間宮の不思議な力は強力な武器になる。是非ともしておきたい。何か掴める気がするだけだが、今の間宮が行動するには、それだけで十分に理由足り得る。


「ってことでだ。次は魔物の集落に突っ込もうと思う」

「アンタ大丈夫?焦んなくてもいいんだからね?」

「焦ってる訳じゃないんだ。後々に出てくる今よりもっと強い魔物が出てきたとき、ギリギリの戦いだと本当に死ぬかもしれない。今それを経験しておけば、致命傷に近くてもナイアの治療が間に合う可能性が高いってことだ」


 ステージが進めば進むほど敵が強くなるなんてこと、物語やゲームでは鉄板だ。今の内にギリギリを経験しておかなければ、力に目覚めるころには死んでいる、なんてことになりかねない。


「な、なるほど......一理あるわね」

「確かここに来るまでに魔物の集落が一つあったよな。あそこまで戻ってみよう」

「いいけど。アンタって慎重なヤツだと思ってたんだけど、変わった?」


 ナイアは訝しむ。間宮は先の戦闘で心境の変化があったが、ナイアには察することができない。気遣いはできるが、間宮としっかり理解しあうには、もう少し時間が必要だ。


「うーん、お前の力を信用してるってとこかな?」

「アンタねぇ......無茶されるこっちの身にもなってほしいんですけど!」


 二人は進んできた道を戻っていった。強くなるために。

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