第18話 発現する力

 状況が終了してから数時間後、夕暮れ時に千隼律は警察庁本部に到着していた。千隼は通常であれば霞が関の警察庁で働いているのだが、この日は偶々新宿の近くに寄る機会があった。その際に今回の異変に巻き込まれ、警視正の階級にある千隼はなし崩し的にその場の指揮を担当していた。

 七三にしっかり分けたはずの髪は少し乱れ、いつもであれば凛々しい目も疲労の色がはっきりと見えた。178センチという高い身長に合わせられたスーツにも皺が見られる。今日の千隼の多忙さが痛々しいほど見て取れた。


「それでは千隼君、今回の状況について説明して貰おう」

「はい、長谷川課長。報告させていただきます」


 千隼が報告している相手は長谷川雄二である。千隼の上司に当たり、階級は警視長。今回の異変について担当しているという訳ではないが、部下の千隼が巻き込まれたという形ではあるものの、異変により近い位置にいたということもあり、こうして調査を行っている。


「まず、本日13時頃に発生した異変については課長と同じ認識です。その時は現場にいませんでしたから」

「なるほど、その後は?」

「はい、2度目の地震の前に現場に到着しました。到着時には私以外にもすでに警官が数十人おり、大穴に入ろうとする民間人及び大穴内部の警戒を務めていました」


 あれほどの地震があった後であっても迅速な対応が出来ていた。設備の設営なども滞りなく行われていたというのは、地震大国である日本だからこそできた対応とも言えるだろう。


「その後2度目の地震が発生した後、未知の生物が大穴の中から這い出してきました最初は投降を促したもののこれを無視、得物を持って警官に襲い掛かっていたため、現場の警官全員に拳銃の許可を出しました」

「それは君の責任で?」

「はい」


 拳銃を用いるという行為は日本において重大な意味を持つ。使用されると必ずと言っていいほどメディアが取り上げ、拳銃使用の是非を議論する。その中には否定的な見方も少なくない。というよりも否定的な人の方が多いだろう。

 その中で千隼は責任を持って拳銃使用の許可をその場の警官に出した。拳銃のリスクと化物を野放しにするリスクを考え、千隼は決断した。


「マスコミがうるさいぞ」

「覚悟はしています」

「まあいい。あの状況では私も拳銃使用に賛成だ。あの化物は余りにも未知の存在で、危険すぎた」


 千隼たちが化物と戦っていた様子は既にメディアによって放送されている。これから各所への対応に追われると考えると、二人は頭が痛くなってきた。


「それで他には?」

「大まかな流れはここまでです。詳細は報告書に記載しています」


 千隼はA4の紙の束を長谷川に渡す。数枚とはいえ、この短時間で報告書を仕上げられるというのは千隼の手腕によるものだ。長谷川は報告書に軽く目を通していると、ある一つの項目でその目が留まった。


「千隼君、これは何だい?」


 と言って長谷川が掲げたのは、『現場にいた警官の身体能力について』という項目だった。一見すると今回の異変とは何の関連もない。体力テストを行ったわけではく、ただ大穴付近を監視し、化物の迎撃をしただけである。だけであると片付けるには内容は濃密だが、とにかく関係はなさそうだ。


「信じられない内容だと思いますが、ご報告します」


 その内容というのは、現場にいた警官の身体能力がはっきりと向上していたというものだった。化物を迎撃した後、現場の警戒は一層強まり、化物に対する攻撃及び防御設備が大量に持ち込まれた。その設営の際に自分の身体能力が上がっていると体感した人が非常に多かった、とのことである。


「かく言う私も体感しています。例えばこの長机ですが」


 千隼はそう言って会議室に備え付けの長机を持ち上げようとする。普通であれば成人が二人がかりで持ち上げる物。力がある人でさえも、一人で持ち上げようとするとかなり頑張らないといけない重量だ。しかし千隼はそれを両手で持つと、空の段ボール箱を持つかのように軽々と持ち上げてしまった。なんならこのまま長机を振り回せそうである。


「以前はこんなことはできませんでした。少なくとも筋力は向上しているように思えます」

「これは......すごいねぇ」


 長谷川は呆けている。突然こんな力を見せられてしまったら、誰もがこうなるだろう。千隼は何でもないような顔をしている。そしてこの身体能力の向上は、何かの皮切りにすぎないということを二人は察していた。


「君も災難だね、今後も千隼君には大量の仕事が舞い込んでくるよ」

「大丈夫です。こんな時だからこそ、頑張るべきです」

「やる気は十分か。頑張れよ、出世頭」


 長谷川は軽口を言うように千隼を労う。警視正という立場は、超高学歴らが分類されるキャリア組が15年かけて手に入れる階級である。それを30歳という若さで手に入れた千隼は紛れもないエリートであり、その分のプレッシャーは計り知れない。長谷川は千隼の作った報告書を持って、会議室の外へ出ていった。


「俺が、皆を守ります」


 千隼は改めて身を引き締めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る