間章 地上では

第16話 異変直後

 前代未聞の大災害。

 この文字が見出しとしてあらゆるメディアに躍り出る。新宿に発生した底の見えない奈落は、人々に得も言われぬ不安を植え付けていった。異変が起きた新宿駅は完全に崩壊し、あらゆる施設が奈落に吸い込まれた。その地獄まで繋がっていそうな様は、現場に不穏な雰囲気を振りまいている。


「現在、新宿駅に発生した大穴は拡大を止めています。ですが依然警戒は緩めず、警察が周囲を封鎖している様子が見て取れます」


 ヘリコプターに乗ったアナウンサーが現場を実況する。カメラの向ける先は相変わらず大きな口を向ける奈落があった。穴の壁面には螺旋階段が張り付いており、下まで続いている。

 大穴周辺は警察の監視によって立ち入ることができない。だが一方で、どこにでも馬鹿はいるものである。最終的に出来上がった大穴は直径100メートルにも及ぶ。そして発生場所は都会の迷路とも揶揄される新宿駅。どこからか紛れ込み、大穴の中へ入っていこうとする者たちが大勢現れた。その殆どは警察によって捕縛されたものの、数名は奈落の中へ落ちて行ってしまった。その行方は誰にも分からない。


「今回の現象について、どう思われますか?」

「難しいですね、地震による地盤崩落という見方もできますが、それにしては穴が深すぎます。何メートルの深さなのかも不明な現段階では、正直何とも言い難いです」


 カメラがスタジオに戻される。この事故とも事件とも言い難い状態の中、現時点で最も疑われているのは地盤の崩落であった。だが、メディアの知識人と呼ばれる者らはこれについて言及を避けている。普段であれば不確定な事であっても適当な事を言う人が多い中で、それほどまでにこの現象が不可思議なものであると知らしめていた。


「引き続き、今回の異変について報道を続けてまいります......はい、分かりました......えー、速報です」


 アナウンサーの横から新しい台本が滑り込まされる。カメラの後ろでは人の大声や走る音などが聞こえており、テレビ局の忙しさが伝わってきた。


「今回発生した大穴ですが、日本だけではなく海外でも同じような現象が観測されています。現在見つかっている国はアメリカ、イタリア、中国、イギリス、南アフリカ、オーストラリア、ロシアの7か国となっております」


 この報道で、異常なことが起こっているということを国民は理解し始めていた。地震大国である日本だけであればまだしも、海外で、それも同時に発生することはあり得ない。


「現在アメリカと中継が繋がっています、そちらの様子はどうでしょうか」

「はい、こちらはアメリカのニューヨークです。先ほどこちらでも大きな揺れを感じた後、タイムズ・スクエアの交差点を中心に大きな穴が発生しました。周囲の建物は飲み込まれ、辛うじて残った建物も完全に倒壊しています」


 カメラがアメリカのタイムズ・スクエア上空に切り替わる。それは日本の新宿よりも酷い有様だった。地震が殆ど無い海外で、耐震を意識して作られた建造物は非常に少ない。周囲の建物は文字通り瓦礫の山と化していた。


「建物の崩壊が酷いため、警察がすぐに駆け付けられていない状態です。そのため地震の被害を免れた人々の一部が、大穴の階段を下りていっています」


 カメラもその様子を完全に捉えている。人々が穴の淵から中を覗き込み、その深さに圧倒されている。中でも負傷した様子の無い人が階段を下りていった。

 すると、数十段しか下りていないにも関わらず何故かその姿はすぐに消えてしまっていた。日本側のスタジオがざわつく。


「階段を下りていった人が突如消えてしまいました!これはどういうことでしょう」

「未だ詳細はこちらも分かっていません。判明次第そちらにお伝えします」

「はい、ありがとうございました」


 中継が終わる。再び映像がスタジオに戻ると、全員がどこか落ち着かないような、明らかにおかしい現象に戸惑っているようだった。


「今のは何だったのでしょうか」

「明らかに何か、我々の知らない現象が起きていますね。あの空間が光を捻じ曲げるような、そんな特性があったとしたらあるいはと思いましたが、まずそんな空間が突如現れること自体が、常軌を逸したものですからね」


 コメンテーターも何を言えばいいのか分からないようで、もはやこの超常現象に対する感想発表会のようになっていた。現在の科学では到底説明できない何かが起こっている、言えることはそれだけだった。


「そして一番の謎はやはり、最初の地震の前に聞こえた『声』でしょう。多数の人々が聞こえたと証言しており、SNSでも大きな波紋となっています」


 ただ不安を共有する意味のない時間が過ぎていると、今度はさらに不安を加速させるサイレンが鳴り響いた。


「緊急地震速報です!緊急地震速報です!今すぐ安全な場所に避難してください!」


 テレビ画面上部に映されるテロップと共に、けたたましい音が響き渡る。映像が切り替わり、無機質な報道フロアが映し出された。


「緊急地震速報が発令されました。東京、神奈川、埼玉、千葉、山梨に警報が発表されています。頑丈な建物の中に入り、身を守ってください」


 この地震が、人類に対する最初の試練となる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る