第15話 打倒
「最下層まで、絶対に行ってやる」
空気が変わる。得体の知れない圧力が場を支配した。間宮自身もこの力については良く分かっていない。だが、力の使い方は何故か分かるような気がした。
「『譁ュ邨カ』」
思いのままに言葉にする。その瞬間、熊の魔物の右腕が切り飛ばされた。魔物に初めて恐怖の感情が現れる。餌が何とか捕食者を威嚇するような、それでも大きな咆哮が空気を震わせた。
その言葉は何を言っているのか、ナイアには分からなかった。少なくとも魔法ではない。間宮はもう魔力が底をついていた。ナイアはこの力について、何も知らない。
「よし、戦えるな」
自分の力が通用すると確信し、少し安心した間宮。これさえも効かないようであれば、完全に八方塞だったため、今はこの謎の力に頼ることにする。
熊の魔物は半狂乱状態のようになりつつも、生き残るために攻撃する。右腕が無くなったとしても左腕はある。それでも、
「『譁ュ邨カ』」
同じ言葉だ。二度聞いても何を言っているのか分からないその言葉によって、今度は左腕も切り飛ばされてしまう。
熊の魔物は完全に目の前の存在を恐れた。見えないナニカによって体を切り刻まれていく恐怖に、耐えることはできなかった。間宮に背を向け、残る力を振り絞り逃げようとした時。
「『譁ュ逡』」
今度は似ているけれど違う、聞き取れない言葉。逃げようとした熊の魔物の前に見えない壁が現れ、獲物を逃がさないようにしていた。気づいたときにはもう遅い。その壁はいつの間にか熊の魔物の周囲を覆いつくし、遂には完全に捕らえた。この壁は、先程の間宮を守った壁と同じ、絶対的な壁だ。
「逃がさねえよ」
間宮が獲物を睨みつける。立場は完全に入れ替わっていた。熊の魔物は暴れまわり、その壁を突破しようとするが、全くの無駄に終わる。息を荒げ、目が血走り、所かまわず当たり散らすその様は、壁の外から見ると滑稽かもしれない。しかし間宮はそんなことは微塵も思わなかった。その姿は、数分前の自分の姿のようであった。
「終わりだ。『譁ュ邨カ』」
その言葉が聞こえた瞬間、熊の魔物は動くことを止めた。自分の最期を悟ったのかもしれない。その胴体に横一線が入り、上半身と下半身が永遠に分かれる。倒れ込む音が重く響き、熊の魔物は、完全に死亡した。
「......ふぅ」
緊張の糸が緩んだ間宮はその場に倒れ込む。アドレナリンによって麻痺していた痛覚が戻ってきたことで、全身が再度悲鳴を上げ始めた。動けるまで回復したナイアが、すぐに間宮の元に飛んで来て治療を始めた。目元が少し赤くなっている。
「すまん、ナイア、無理させて」
「無理してんのはどっちよ!」
その声に少し安心した。痛みが和らぎ、温かい感覚に包まれていく。聞こえるのは葉が擦れる音、木々が揺れる音、風が通っていく音。少し、平穏が帰ってきたように感じられた。間宮は安心できたのか、体を酷使し続けた影響なのか、急に眠くなってきた。
「眠くなって、きたかも」
「大丈夫よ、あとはアタシに任せなさい!」
その言葉を聞いて、間宮は意識を沈めていく。
「本当に、ありがとう」
優しい声が、聞こえた気がした。
「なんですか......この力は」
あり得ないというような表情をする者がいた。其の者はどこにいるのか誰にも分からない、或いはもしかしたら地球上のどこにでも存在する者かもしれない。一つ分かるのは、この力が想定外であるということのみ。
「魔法ではないのでしょうか」
急いで解析を進める。何か悪影響があるものでは不味い。早急に取り除かねば、この規模の力を持つものは間違いなく計画に支障が出る。
しかし、解析を進めても、結果は変わらず悪影響を示してはいなかった。
「なるほど、そういうものとして考えましょう」
これは計画に支障を来すどころか、計画を推し進める力になるかもしれない。もしかしたら、切り札にもなり得る可能性がある。ここは取り除くのではなく、見守り、力を身に付けていくのを待った方が良いだろう。
「いずれ来る時のため」
其の者の仲間が散ってゆく。今まで幾つもの仲間が、その凶刃に倒れていったのだろうか。それらから護るため、あるいはそれらを打倒するため、今は準備が必要だ。
「運命の旗手よ、頼みました」
其の目には、眠る間宮と治療をし続けるナイアの姿が映っていた。それはどこか母性のような、それでいて何かを懇願するような悲痛なものが感じ取れる。
「私を、私たちを、皆さんを、助けてください」
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