第13話 プロローグ
間宮空。
この人物を表す言葉はただ一言「平凡」のみで十分だろう。
幼少期は両親の愛情をしっかりと受けて育った。少なくとも両親が喧嘩をしている所は見たことが無く、家庭内環境は比較的良好と言える。食卓は全員で囲い、天気が良ければ休日に家族で出かけていた。習い事も水泳などをさせてもらい、間宮空はそれをしっかりとこなす。特別嫌がることもなく、人並みに楽しんでいた。
間宮空には二つ下の妹がいる。兄妹間の仲も悪くなく、兄が妹をこき使うことも、妹が兄を馬鹿にするなんてこともあり得なかった。周りには意外に思われることも多かったが、二人にはそれが普通だった。
小学生になって、学業と言うものが始まった。間宮の地頭は悪くなく、授業にもそれなりに付いていける。歴史の授業は覚える事ばかりで退屈だったが、それでも学校のカラーテストで80点を割ることは無かった。その代わり、理科の授業は楽しかった。実験で色々な機材を弄り回すというのは、誰もが少しは楽しめるものだろう。
運動も評価は”可もなく不可もなし”といったものだろう。徒競走では全体の真ん中くらいの順位。水泳のおかげで多少は体力がついていたのか、持久走は少し得意だったかもしれない。運動会では皆と混ざって声を上げる一人だった。
委員会は図書委員を務めていた。皆が何かしらの委員会に入らなければならなかったため、取り敢えずで入った委員だった。当番の日には休み時間に図書室へ行き、受付で面白そうな本を斜め読みする。偶に生徒が本を借りるので、その対応をする。また本を斜め読みする。特に変わったことは無い仕事だった。
中学生になった。今まで通り、授業には付いていけていた。小学生の時のように全部80点以上とはいかなかったが、それでも平均点よりも少し上の点数をキープしているような状態だった。国語と社会は眠くなるし、英語と数学は何を言っているのか偶に分からなくなるし、理科は実験だけ楽しかった。周りの殆どの人間が、間宮と同じようだった。
部活動が本格的に始まった。何となくで選んだのは文芸部。小学生の時に図書委員をしていたから、という安直な理由だ。文芸、なんて大層な名前が付いているが、実際はただ本を読んで感想を言い合うような、そんな緩い活動内容だった。部員も5人と少数。部員との関係は良好だが、特段深入りはお互いにしないような、部活動だけの関係だった。
中学生になると、”自分の夢”というテーマで作文をしたり、少し発表するような機会があるだろう。この年齢になると、未だに壮大な夢物語を見ている人、現実を見始めている人、その両取りを本気で狙っている人、特に何も考えていない人、など様々だろう。間宮は間違いなく何も考えていなかった。間宮は夢を持っている人が、それがどれだけ荒唐無稽なものであったとしても、少しだけ羨ましかった。それでもその気持ちは、
「皆さん、まだまだ未来は長いですからね」
という延命治療に似た言葉によって、その事実から目を背けてきた。
高校生になった。受験を経て、皆が狙うような地域の人気校に合格した。とは言っても進学校ではない。制服が綺麗だから、校舎が新築だから、校風が自由だから、そんな理由で皆が憧れた高校に、流されて入学しただけである。両親には真剣に考えるようによく言われたが、自分なりには考えたつもりだし、入った後で何とかなると勝手に思っていた。
高校からは自主性が重んじられてくる。今まで主体的な何かに取り組んでこなかった間宮は、ここで初めて苦労した。部活動は中学とは比べものにならないほど多岐に亘り、学業でも教科の選択が必要になってくる。文化祭での出し物の内容はルールこそあれど自由で、さらに参加するかどうかまでも自由だった。決められたレールのみを走ってきた間宮は、どの線路に入ればよいのか分からなくなった。
話せる友人が居なければ、さらに苦労していただろう。幸いにも、休み時間に話すような友人は数人居たため、そこで相談することで何とか乗り切っていた。しかし、間宮が雰囲気に流されて色々な事を決める人間であったため、その周囲に集まるような人間も似たり寄ったりである。類は友を呼ぶというのは正にこのことだ。
結局、高校でもそれなりの成績を修めた間宮は、推薦で大学に入学した。典型的な私立文系の大学では、授業は専門性がさらに高まり、大学生活の自由度は高校の比ではない。自分で興味のあることを探さない、そんな人間は大学でも大した収穫を得ることはできない。間宮もそんな人間の一人だった。
チャンスや機会というのは、それを掴もうとしている人間のみが掴めるといった内容の言葉がある。それに沿うなら、間宮はそのチャンスというものを全く掴もうともしていなかった。生まれてから何年も生きてきて、そんなチャンスは何度もあった。幼少期の習い事や小学生での委員会活動、中学生での部活、高校選び、挙げればキリがない。
間宮自身も”このままではいけない”という意識自体はあった。しかし、
「まだいいだろう」
「次はしっかりすればいい」
「皆さん、まだまだ未来は長いですからね」
こんなどうしようもない言葉で盾を作り、外からのチャンスをふいにした。
盾を持つのに両手を使ってしまっては、チャンスを掴むことなどできないことに、今の今まで気づかなかった。
この奈落に落ちるまでは。
「アタシとしては、下層にいって欲しいんだけど......だめ?」
神様は、
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