第11話 急襲

 魔牛肉を食べて腹を満たしたのち、再び塔へ向けて歩き出していた間宮とナイア。道中は魔牛以外の魔物には遭遇せず、間宮が思っていたよりも気楽に進むことが出来ていた。

 また、間宮は出発する前に魔牛の角を短剣のように加工した。今後の魔物との戦闘に備えたいと考えた時、今の間宮の手札は遠距離からの魔弾・魔力球による攻撃しかない。近接戦闘への対策も出来ていた方が良いだろう、ということで、角に持ち手を付けて刃を研いでみた。加工する際、身体強化した手では限界があったので、拾ってきていた魔晶石を使って彫っていった。仕上がりはまあ、やらないよりはマシ程度ではある。


「魔物、魔牛以外全然見ないな」

「ね、もっといるもんだと思ってたわ」


 これはナイアにとっても予想外であるらしい。そう言えばこいつもこいつで謎の存在である。この奈落について詳しいと思えば、このような状況についてはよく知らないと言う。思えば間宮が落ちた湖の近くに何故居たのか、考えればキリがない。

 そんなことを考えていると、何か遠くから足音のようなものが響いてきた。それも人ではない。獣が走っているような重たい感覚。


「何か来てないか?これ」

「これ、もしかして――」


 ナイアが言いきる前にその足音は急激に迫ってくる。重たい感覚は音だけではなく、地面を揺らすことで直接的に伝わってきた。さらには木々がへし折れる音も聞こえてくる。間宮は短剣を取り出し、魔力を込めて警戒する。心臓の鼓動が速くなる。魔牛とは違う、明確に危険が迫っていることを実感していた。

 次の瞬間、木々の裏からあらゆるものを押し倒し、巨大な猪が目の前に突進してきた。


「やばっ!」


 身体強化を事前にしていた間宮は、足に全力を込めて真横に飛び出した。咄嗟のことであったが、五体満足で避けることができた。猪は突進の勢いそのまま走っていくが、少ししたところで木に衝突しながら停止し、間宮に向き直る。猪が突進していった跡は、もれなく更地になっていた。


「俺ら、標的にされてるよな......。ナイア、いるか?」

「当然!あの様子だと見逃しちゃくれないわね」


 乗用車ほどのサイズの猪は、額には兜のように三本の角が生えており、特に中央の角は1メートルはありそうである。茶色い毛皮の背中に黒色の線が二本走り、足の筋肉はまるで爆弾かのように発達している。そんな猪は息を荒げながらこちらを凝視している。蒸気機関車かのように見えるそれは、今にもこちらに突進してきそうな様子だ。


「多少の怪我ならソッコーで治せるわ!やっちゃいましょ!」

「当てにしてるぞ」


 間宮はいつ突進が来てもいいように身構える。ナイアもそれ以上は話さず、どこか安全なところまで避難した様子。聞こえてくるのは猪の息遣いと自分の心臓の音だけだった。


「......」


 静かになる。自分がこんなにも集中できるのかと、間宮は内心驚いていた。


「......」


 猪が地鳴りが起こるような唸り声を上げた。それと同時に姿勢を下げ、圧倒的な脚力を以て突進してきた。加速なんて知らないと言わんばかりのトップスピードであり、もはや突進と言うより発射と言ったほうがふさわしいだろう。


「ぐっ......」


 間宮は猪の最初の突進を避けられたために、その速度を過小評価していた。突進を避けきれずに、猪の角の先端が左腕に掠ってしまう。猪は相変わらずそのまま走り切ったのち、木に衝突して停止した。


「ナイア、頼めるか?」

「任せなさい!」


 ナイアがどこからともなく現れ、左腕の負傷箇所に手を翳す。するとその手が輝き、切り傷が光に包まれていった。少し暖かい感覚。数秒もすれば、傷は跡形もなく消えていた。痛みも全くしない。


「すげえな、ありがとう」

「当然でしょ、ほら、さっさとやっつけちゃいなさい!」


 立ち上がり、もう一度相対する。先の突進で速さの感覚は掴んだ。見た所突進以外の攻撃手段を持たない様子。であれば、突進を回避した後に追撃をしてやればいい。


「ふぅ......」


 今一度静寂が訪れる。魔物の機微を見逃さないよう、間宮は集中した。中腰の体勢をとり、踵を浮かせて瞬時に動けるよう構える。

 そして来た。猪はその脚力でもう一度、間宮を殺さんと角を突き立てて飛び込んできた。それを横に跳んで回避した間宮は、間髪入れずに弓を構える。


「『魔弾』!」


 もう使い慣れたその技は一瞬にして構築され、間宮の手を離れる。魔力で練られた矢は瞬時に猪の後を追いかけ、その背中を正確に射抜いた。

 甲高く、それでいて心臓に響くような悲鳴を上げる猪。木々が揺れ、地震が起きたように錯覚する。これほどのパワーを魔物という生物は持っているのかと、間宮はまた認識を改めた。

 再度間宮と猪は対峙する。しかし猪の目は明らかに変わっていた。間宮を必ず仕留めんとする意志を宿し、背中から血を流しながらも立っていた。

 先程のように魔弾を打ち込んでやれば、いずれ倒すことは出来るだろう。しかし、簡単にはそうさせないという意気を感じた間宮は、自然と短剣を握る右手に力が入る。想定外のことが起きたとしても、対処して見せると意気込んだ。

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