第10話 初めての魔法

 なんとかナイフを作り出した間宮は、その後魔牛の解体に取り掛かった。とは言ってもまずは血抜きをするべきであることに気付いたため、間宮は魔牛の首を落とした後、辺りの木に生えている枝に引掛けておいた。血の匂いにつられて他の魔物が来ることも怖かったが、背に腹は代えられない。

 少し待っている間に、間宮はナイアに魔法について聞いていた。


「ナイア、魔力で何かを作るってのは出来たが、魔法とは違うのか?」

「全然違うわよ、説明してあげるわ!」


 これまで間宮がやってきたことは『魔力を形にする』ことである。不定形である魔力に対してイメージを加えることで、様々な形に変形できた。

 しかし魔法とは『魔力を現象に変換する』ことであるとナイアは――こんな難しい言い回しではないが――言う。魔力を変質させることで現実にあるような、例えば炎や水といったものに変換しているのだ。


「いーい?魔法にはいくつか大事なことがあるのよ。その一つが『魔法陣』ね」

「前に言ってたやつか」


 魔法を使う時に最も重要なものが魔法陣というものである。それは丸、三角、四角などの幾何学模様の組み合わせによって表現され、主に魔力を含む媒体によって描かれる。この魔法陣の内部に刻まれる情報によって、発動する魔法が決まるということだ。


「魔法陣が無いと魔法は使えないのか?不便じゃね?」

「うーん、使えないってことはないんだけどねぇ。」


 魔法陣はあくまで魔法を発動するための補助道具であるらしい。もっとも、その補助能力が破格であるため、ほぼ必須になっているということだ。基本的な魔法陣の用途は、術者のイメージ補助と魔力量の節約である。予め魔法陣に現象を表す模様を入れ込み、効率的な回路を組むことで、魔法の発動が非常に簡単になるという仕組みだ。

 魔法陣を用いずに魔法を使おうとすると、発動内容が術者のイメージのみを参照するため、物凄く不安定になってしまうとのこと。さらに魔法を発動する際に必要な魔力も膨大なものになってしまう。そのため、火種を生み出すなどの小さい規模であればいざ知らず、大規模な魔法では魔法陣は必ず使用される。


「じゃあ俺も火種くらいだったら作れるかな?」

「たぶんいけるんじゃない?やってみましょうよ!」


 間宮は人差し指を立て、そこに魔力を集めていく。火が起こる原理は高校の化学で履修済みだ。特段不真面目で授業を聞いていなかったということも、内容が全く分からないということも特になかったので、想像に困ることは無い。酸素と可燃物が反応し、熱と光を発するイメージを練っていると、遂に指先から2センチほどの青白い火種が出来上がっていた。それと同時に体内の魔力が持続的に減っているのも感じる。


「枝とか燃えそうなやつを持ってきてくれ」

「えーと、こんなのでいんじゃない?」


 ナイアが持ってきた枝に火種を移す。無事に火は燃え移り、枝や葉を集めて焚き木を作ることができた。指先の火を消すと、今までに感じたことのない虚脱感に襲われる。


「なんか体がだるいな」

「魔法陣無しに魔法を使うとそうなるのよ。ムダな魔力が多くなっちゃうから、あまりやらないようにしてよね?」


 あと数回は使えそうではあるものの、何度もこの感覚を味わうのは流石に御免被った。とはいえ火を確保できたため、魔牛の肉は恐らく食べることが出来るだろう。普段口にしている豚肉や牛肉でさえ生は無理なのだから、魔物肉の生食は勘弁である。

 少し経ち、血抜きがある程度できていそうなので枝から降ろす。当然間宮は狩猟の経験は無く、家畜を屠殺する業者に関りがあるわけでもないので、血抜きは雰囲気でやっているだけである。


「解体するか。食べられるところは教えてくれ」

「もちろんよ」


 魔牛の角に改めて魔力を通し、包丁代わりにして解体を始めた。血抜きをしたのが良かったのか、体を開いたら血が溢れてくるということは無く、淡々と進められた。途中で慣れない血の匂いに嘔吐しそうになるも、なんとか耐えつつ可食部を取り出すことができた。骨や内臓は予め掘っておいた穴に捨ててある。


「実際やるときついな......」

「お疲れ様、アンタよくやったわね」


 ナイフの切れ味はかなり良く、身体強化もしていたため体への負担は無いが、精神的にはかなりきていた。ナイアの声掛けが間宮の心に少し響く気がした。普段は少しガキっぽいが、こういうところがナイアの憎めないところか、などと間宮は思う。


「若干食欲は落ちたが、食べるか」

「飯だー!」


 木の幹を少し切り出し、まな板代わりにする。ブロックで切り出した赤身を一口大に切り分け、それぞれを枝にさして焼いていく。塩も胡椒も無いが、贅沢を言っても仕方がない。十分に火を通したところで、二人は魔牛肉を食べてみた。


「いただきます......これ、案外美味いな」

「けっこうイケるじゃない!もう一枚!」

「そんな焦んなくても肉はあるぞ、落ち着け」


 下味も何もつけていないが、しっかりと肉の旨味が感じられる。味自体はほとんど普通の牛肉に近く、ジューシーで歯切れも良い。素人が解体して適当に焼いただけでこれなのだ。地上でも売りものとして出せるだろう。

 ともかく、食料という懸念点が一つ消えたのは大きかった。

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