第9話 初めての討伐
魔物の集落を後にして、また森の中を数分歩いた二人。ようやく魔牛――集落の周りにいた牛をそう呼ぶことにした――を1匹、野良でいるのを見つけることができた。現在は木の陰から様子を窺っている状態である。魔牛までの距離はおよそ10メートルといったところか。
「あれでいいかな」
「ちょうどいいと思うわ」
間宮は心を落ち着けるように、胸に手を当てて深呼吸をする。やることとしては『魔弾』を一発放つだけだが、この土壇場になって緊張してきたのである。魔物とはいえ、生物を殺す自覚というものがここにきて現れてきた。
それでも間宮は矢をつがえる姿をとる。体の奥底から魔力を取り出し、胴から腕へ、さらに手から指先まで送り出す。間宮の魔力は主の鮮明なイメージを反映させるように、強固な矢の形へと凝縮した。
「ふう......」
「......」
再度間宮は深呼吸する。その様子をナイアは慎重に、それでも間宮ならできるという確信をもって窺っていた。その表情は、普段ふざけているナイアからは想像もつかないほど真剣なものである。もっとも、それを見る者は誰もいないのだが。
「......ふっ!」
キリキリと音が聴こえてきそうになるほど張り詰められた『魔弾』が放たれた。その矢は木々の間を真っ直ぐに抜け、魔牛目掛けて飛翔する。魔牛はそれの接近に一切気づかないまま、脳天を正確に撃ち抜かれた。
間宮は全力で放つのは流石にまずいことを前回の失敗から学んだため、矢にはそこそこの魔力を込めるにとどめていた。結果、脳天を貫通した直後に矢は霧散し、魔牛が地に倒れ伏す音のみが響いた。魔力の入れ加減は丁度良かったようだ。
「......よしっ」
残心、なんてものではないが、間宮は魔弾が着弾して魔牛が倒れた後も、しばらくは動かずにいた。もしかしたら、初めて殺意をもって生物を殺したことへの区切りを、無意識につけようとしたのかもしれない。しばらくして、間宮は小さなガッツポーズとともに木の陰から出て、ナイアとともに倒れた魔牛の傍に寄った。
「これで討伐か?」
「そうね!初めてにしては上々って感じかしら」
ナイアの言う通り、間宮自身も中々上手くいったのではないかと思っていた。魔弾の威力を加減したため、もしかしたら仕留めきれないのではと考えたりもしたが、どうやら杞憂に終わったようである。
間宮は緊張の糸が切れたのか、ここで遂に腹の虫が鳴いてしまった。
「......」
「なにアンタ、おなかすいたの?」
「......はい」
今までは感覚が麻痺していたのか実感が無かったが、間宮は湖で目を覚ましてから、魔水以外なにも口にしていないのである。しかしここで魔物を倒した、という一区切りを付けられたことで、ようやく脳が空腹を正確に認識するようになった。
「そういえばナイア、魔物の肉って食えるのか?」
「もちろん、何なら食べてほしいくらいね!」
どうやら魔物の肉を食べると、その魔物が持つ魔力を自分の魔力に変換し、効率よく吸収できるらしい。結果、魔力量が増えて強くなれるため、ナイアは間宮に魔物肉を食べてほしい様子である。しかし魔物の肉を食べるためには、間宮にとって大きなハードルが2つある。
「解体......できっかなあ」
まずは解体である。間宮は家畜の解体はもちろん、料理などもあまりしてこなかったため、魚を捌いたことすらなかった。
解体するための包丁のようなものについては間宮にアイデアがあるので問題ない。しっかり可食部を判断できるかについてはナイアに聞けばよさそうであるが、問題は精神的な問題である。先程まで草を食べ、生物として生きている実感が大きい魔牛を解体できるかどうか。
「まずはナイフを作るか」
「どうやって作んの?」
イメージするのは『魔弾』と似たようなものだ。矢を形成するという過程がナイフを形成する過程に代わっただけである。間宮は集中して脳内にイメージを練り上げていくが、しかしどうにも何かが引っかかる。ナイフに形成した魔力の塊を持つというイメージが何故かしづらい。魔力という力を知ってまだ数時間、得体のしれないものというイメージが先行しているようだった。
「なんか上手く行ってないわね」
「魔力を持つ、っていうイメージが難しいな」
何か良い方法はないかと考えていると、先ほど討伐した魔牛についている角に目がついた。
「これでいけるか?」
間宮は魔牛の額についている20センチほどの角に手をかける。自分の腕に適度な魔力を流すことで強化を施し、角を根本付近から力任せに折ってしまった。角はパキン、という音と共に綺麗に切断された。腕の身体強化を無くすと、ズシンとその重さが伝わってくる。
「それでこいつに魔力を流せば......」
「ほ~、上手くやるわねぇ」
角に魔力を流し、それが刃を形成するようにイメージする。魔力のみでナイフを形成するというのは難しかったが、角に刃を付けるイメージならば、角を持つことは容易に想像ができる。間宮の手には、青白い刃の輪郭を纏った角が握られていた。
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