第8話 魔物発見

 下層に繋がっているという塔へ向けて歩いている間宮と、その周りを飛び回っているナイア。湖を出発してから凡そ3,40分程度経過してはいるものの、間宮は殆ど疲れてはいなかった。


「割と歩いたと思うけど全然遠いな。まだ疲れていないってのが救いだ」

「こんなんでへばってちゃだめよ?魔物だってそろそろ出てくる頃なんだから」


 とは言われたものの、若干緊張感に欠けて来ているのを間宮は自覚していた。なんといっても全く景色が変わらないのである。視界を覆いつくさんばかりの木と、申し訳程度に落ちている魔晶のみ。魔力操作の練習として身体強化は行っているが、それも少しずつ慣れてきていた。今まで間宮が生きてきた環境と違うとしても、ただ歩くだけというのは流石に退屈であった。


「魔物か。この辺りってどんなのがいるんだ?」

「そうね、獣に似た魔物が多いかしら。熊とか狼とか猪とかね。こいつらはホントにパワーがすごいのよ」


 イメージはつきやすい。間宮は以前遭遇した熊の魔物を思い出した。あの化物がこちらに突進してくるのは容易に想像できる。そしてまともに食らえばひとたまりもないことも理解できる。それを避けるためにも身体強化を十分に扱うことは必須科目だ。少し慣れた程度では到底敵わないものだと考えていた方が良い、と間宮は思いなおして気を引き締める。


「今の俺でも倒せるもんなのか?」

「魔物といっても強いやつと弱いやつの差は大きいわ。例えば、魔力の影響を受けてちょっとだけ頑丈になった牛みたいなやつもいて、そういう魔物だったらイチコロよ。ただ、超デカい体にデカい斧を持った牛とかもいるから、そういうやつは厳しいわね」

「......その強そうなやつ、ミノタウロスなんて名前がありそうだな」

「魔物に名前なんて無いわよ。アンタ何か知ってるの?」

「いや?何も」


 魔物に名前が無いのは意外だった。大抵は魔物の種別名などがあり、特に強力な個体には固有の名前がある、みたいなシステムを間宮は勝手に想像していた。しかし確かに考えれば、名付けや分類は人間がやってきたことであり、突然現れたこの【試練の奈落】の中に居る生物の名前なぞ、誰も決めていないのである。


「神様は魔物に名前を付けなかったのか」

「アタシもそこら辺はよく知らないわ」


 そんなことを話しながら歩くこと数分、前方から光が差し込んできた。どうやら森の一部が切り開かれているらしかった。

 二人はすぐに森を出る事は止めてよく観察した。間宮の目測では直径がおよそ2~300メートルの円形に森が開いており、さらにその中心部には集落のようなものが発見できた。その集落の周りは木造の柵が乱雑に立てられており、中の様子を窺うことは難しい。集落の外には牛のような見た目をした生き物が点在し、呑気に地面に生える草を食べていた。乳牛というよりは闘牛に似ており、真っ黒な体表、そして額には20センチほどはありそうな太い角が生えていた。


「ナイア、これは何だ?」

「これは魔物の集落ね。めずらしいわ」


 魔物を目前にしているからか、自然と声を潜めながら話し合う二人。しかし集落からこれほど離れていれば、中にいる魔物に聞こえることはない。その外にいる牛も変わらず呑気にしている。


「なんか、魔物も生きてるって感じがするな」

「アンタ、そんなことをこの奈落で言ってたら死んじゃうわよ!」

「あ、そういう意味じゃなくて」


 間宮が言っていることは魔物が可哀そうということではない。今魔物を目の前にした間宮は、恐らく先ほど作った魔力の矢『魔弾』を魔物に対して躊躇なく向けられる、と思っていた。魔力という新たな力を手に入れたことで、若干の現実感の無さがそうさせているのかもしれない。ゲームのような感覚だ。

 間宮が普段やっているようなゲームでは、それこそ魔物などは明確な敵キャラクターとして設置されている。そして経験値を手に入れるために倒されるのが普通だ。しかし、シーンとしては同じだが、実際に見るとまた違う感想を抱く。


「この森にも生態系みたいなのがありそうで面白いな、って」

「少しはあるわね。めちゃくちゃ強い魔物は自分の縄張りを持ってたりするわ。それでも魔物同士の殺し合いみたいなのはそんなに無いはずよ」


 となるとこの集落周辺は、魔物の縄張りであると考えるのが当然だ。間宮は魔力の使い方を練習してきてはいるものの、戦闘経験はゼロである。もちろん現代日本に生きている一般市民間宮は、殺伐とした人生を送ってきている訳でもない。ここで無駄に縄張りを刺激し、大量の魔物と戦わなければならなくなったらそれこそ終わりだ。


「よし、迂回するぞ」

「それがいいと思うわ。アンタなら、すぐにこんくらいの集落をやっつけれるようになると思うけど、さすがにまだ早いわね」


 これにはナイアもおとなしく同意だ。しかし間宮の魔力量を鑑みると、この程度の集落であれば壊滅させられるとのこと。要はまだ色々と慣れていないため、別の野良魔物を探そうという訳である。


「ふん、まだマミヤが弱くて命拾いしたわね!あいつら」

「お前何言ってんだ......」


 ナイアの謎テンションは本当に謎である。

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