第3話 残骸

 森を抜けると、どこまでも草原が広がっていた。舗装された道はなく、緩やかな丘と林が点在している。空は相変わらず晴れ渡り、太陽も変わらず地上を照らしている。そして、


「いや、なんだよあれ」


 最も目を惹いたのは、地平線から天をも貫かんとばかりに伸びた、塔のような二つの建造物である。灰色の石造で飾り気は無かったが、見ているだけでも異常な存在であることが分かった。二つの塔はそれぞれ間宮の視界の端にあり、その間の距離は相当に離れていることが分かる。


「とりあえず、この森の周囲を見回ってみるか」


 あの塔に行けば何かが分かるのは一目瞭然だったが、今はそれ以上に現状把握が必要だった。右も左も分からない状態で、貴重な水源を失うのは余りにもリスクが大きすぎる。あれを水源として良いのかは微妙なところではあるが。


「てか、あれ以外に建物が全然見えないな」


 視界に映るのは空の青と草木の緑の二色だけで、人工物だと思われるのは今のところ見つからなかった。自分がいる場所が日本では無いんだろうということは簡単に想像できた。

 森の周辺の探索を続ける。木に印をつけるのは忘れていない。景色は変わらないが、謎の生物を見かけたことを教訓に油断するということはなかった。

 しばらくすると、森の内部に向かって所々に金属片が落ちているのを見かけるようになった。間宮の生活周辺で見慣れていた金属だった。もしかしたら自分と同じような人や物があるかもしれない、と間宮は森の内部へ足を進めた。

 歩くにつれ、金属片とは呼べないような大きな金属もみられるようになってきた。さらに何かが腐ったような、そして血の臭いもしてくる。あまりいい状況ではないことを覚悟した間宮は、思い切って木々の途切れから視界を広げた。


「これは......だめだろうな」


 間宮が見つけたのは、地面に対して斜めに突き刺さった複数の電車だった。それも、あの裂け目が現れる前に間宮が乗ろうとしていた列車である。どれも部分的に曲がっており、中には地面に突き刺さらずに大破したものもあった。そして、


「......うっ」


 そこら中に人間の死体が散乱していた。何とか形を保ちつつも抜け殻となった列車の割れた窓には、老若男女問わない人々の死体が逃げるように身を乗り出し、まるで生きている間宮に助けを求めているようだった。大破した列車の周辺は血の池になっており、死体はもはや原型を留めているほうが少なかった。先ほど腐った血の匂いがしたのも当然である。


「......」


 体ごと目を背ける。間宮はもうこの地獄を見ることは限界だった。もちろん、こんな光景は間宮は見たことがない。むしろ、生涯でこんな光景を見る人間なんてそうそういないはずである。よく分からない状況の中、脳の処理が追い付いていない状態の間宮にとって、トラウマとなるのは必然とも言えた。


「うっ......!?」


 気づいたら間宮は嘔吐していた。体が現状に対して拒否反応を起こしてしまった。半ば混乱したような状態になりながら、印を頼りにその場を離れる。少し歩いたところでそばの木に寄りかかり、座り込んだ。視界は緑に埋め尽くされているが、瞼の裏には先の地獄が焼き付いていた。


「ふぅ、落ち着こう、落ち着こう」


 声に出して自分に言い聞かせ、何とか思い通りに体を動かそうとする。バッグを下ろし、水筒を出して、蓋を開けて、飲む。時間が何倍にも引き延ばされたように、一連の動作が長く感じた。液体が食道を通っていくのを明確に感じたのと同時に、混乱した体が落ち着いていくのも分かった。どうやら、この液体には軽度の体調不良なら治せるらしかった。


「これを持ってきたのは正解だったな」


 今後はこの液体に頼るような状態になるのか、と間宮は考える。ただ、中毒のような症状になるのはごめんなので、本当に必要になった時だけと自制するようにした。


「......一回戻るか」


 流石にもうこんなところに居たくはなかった。そのまま印を辿ってあの湖へ戻ろうとした。道中では他の生物に鉢合わせることなく、無事に湖にたどり着くことができた。空気が澄んでいることを改めて実感する。死者の亡き声は、水音と葉の擦れる音にかき消されていた。

 飲んでしまった分を補充しようと、間宮は水筒をもって水辺まで行く。ふたを開けると、中の液体は半分くらいまで減っていた。思っていた以上に減っていることに驚くと同時に、あの時は本当に混乱していたことを自覚する。これからもあのような光景を目にしてしまう可能性は、極力考えたくなかった。


「ん?......なんだあれ?」


 水を汲もうと湖に近づいたときである。間宮が湖をぼんやりと見ていると、少し離れた水辺に青く光る点のようなものを見つけた。呆けていた間宮は、その光に吸い寄せられるようにその光に向かって歩いた。


 これが間宮がこの世界で生き残る唯一の手であったことを、後に知ることになる。

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