第2話 目覚め

 最初に感じたのは、水が耳の中で波打っている音だった。コポコポという音と奇妙だがやけに心地いい感覚に包まれながら、意識が戻っていくのを間宮は感じた。


「ここは......どこだ?」


 眩い光に目を細めながら開けていくと、広がるのは雲一つ無い晴天だった。この光景だけ見れば、非常に清々しい気分になれるだろう。

 次に間宮の体の感覚が戻ってくる。間宮の神経は冷たく流動的な液体の感覚を正確に脳に伝達した。


「水か?」


 少しずつ間宮が頭を横に回すと、そこにはいつもと違う青色の液体で満ちていた。海が青いのとは全く違う、液体自体が真っ青なのである。絵具で塗りたくったような色ではなく、深海の水をそのまま持ってきたような綺麗な青だ。岸の上には森があり、自分を囲うように存在している。どうにか情報を処理しようと、間宮の脳内はフル回転を始めた。


「湖にいるのか、俺は」


 この池か湖に自分を狙うサメのような肉食の生物がいないことを幸運に思いながら、とりあえず岸に上がろうと泳ぎ始める。クロールくらいであればできるはずだったが、いつもの水泳と違って服を着ていたため、想像以上に大変な運動となった。

 なんとか岸までついた間宮は上体を起こして周囲を見渡してみる。といってもあるのは森ばかりで面白味もない。天井を見上げようとも、そこにあるのはどこまでも続く空。もし仮に空から落ちてきたのだとしたら、湖ではなく陸に落ちていたら即死である。といっても、液体に落ちた衝撃で大けがは免れないような気もするが。


「あれ?俺の荷物は?」


 荷物が見当たらないことに気づく。PCなど大事なものが入っているため、それなりに心配であった。重い腰を上げて辺りを探していると、一つの木の上に引っかかっているのが見つかった。軋む体をなんとか動かして荷物をとる。中身は奇跡的に無事であった。木がクッションのような役割を果たしたらしかった。


「良かった、PCは生きてる。貸与PCでも修理に出すの面倒だからな。にしても......」


 改めて自分が落ちていた湖の液体を観察する。さらさらしていて、見た目通りの重さもある。深い青色をしていること以外は水だった。

 周りに特段差し迫った危険がないとは言え、ずっとこの場所にいるわけにもいかない。間宮は移動の準備を進めた。荷物に入れていた空の水筒に湖の液体を入れてみるが、変わった様子は見られなかった。


「そんじゃ、移動しますかね......ってそういえば、俺の服......」


 先ほどまであの奇妙な液体に浸かっていた間宮の服はびしょぬれになっているはずである。しかし今の今までそれに気づかなかったのは、その服が完全に乾いていたからだった。湖から上がってまだ十数分である。普通であれば乾くはずもなかった。


「なんでだ?蒸発するのが異常に早いのか?」


 なんて考えたところで仕方ないので、間宮はそろそろ移動し始めた。森の中に入り、木に印として傷をつけながら進んでいく。時折ほのかに七色に輝く鉱石を見ることがあった。どれも違う形で地面や木に生えるように形成されており、非常に硬かったため採掘はできなかった。それでもたまに欠片が落ちていることがあったため、それらを拾いながら進む。


 代わり映えしない風景に少し飽きてきたその瞬間、間宮には自分以外の足音が聞こえた。心臓が跳ね上がりそうになるのを抑え、音を立てないようにゆっくりと木の陰に隠れる。


 しばらくするとその姿が見えてきた。ズシン......ズシン......と大きな足音を立てながら歩いてくるのは、熊のような生物だった。しかし間宮がよく知る熊ではなく、背中から先ほどあった七色に輝く鉱石がいくつも生えていた。四つ足で歩行し、全長は3mほどで巨大。特に何を探しているでもなく、ただ歩いているように見えた。


(なんだあの生き物!?)


 見つかったらまずい、ということは間宮の本能が知らせていた。まるで長距離を走った後のように心臓が鳴っている。冷汗によって体感温度も急激に下がっていく。気づけば間宮は無意識に口呼吸をしていた。


(......)

「......」


 熊のような生物は、間宮の気配を感じることなくそのまま通り過ぎて行った。姿が木々の中に消えても、間宮はしばらくそのまま気配を消そうとしていた。


(行ったか......?)


 やがて完全に足音が消え、葉がこすれる音が響くようになってやっと間宮は立ち上がった。まだ心臓は鳴っており、ふわふわした現実感の無い感覚が残っていた。


(もしかして、ここって相当やばい場所か?)


 ここの異常性になんとなく気づいた間宮は、森を抜けるために急ぐのだった。

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