第31話 結果の確信

 翌朝。

 朝食を手早く済ませたヘレナはユーリアとともにマンフレッド邸を出て、マンフレッド邸から少し離れた人気のない場所に移動する。

 ユーリアは周りに人がいないことを確認して、額縁を取り出す。


 「ここからはマンフレッド邸は見えませんけど、大丈夫なんですか?」

 ヘレナが心配そうな面持ちで訊く。


 「ブルクナーをなめないでほしいな。手前に建物があろうと、透視なんだから関係ないよ」

 ユーリアは真剣な面持ちで額縁を構える。


 これで確信を得ることができなければ、捜索はまた振り出しに戻ってしまう。

 とはいえ、マンフレッドが黒幕であってほしくないと思う気持ちもあり、ヘレナは複雑な心境だった。

 もし、確固たる証拠などが見つかれば、しっかりと決意して迷いなく行動できると、ヘレナはそう信じることにした。


 「準備はいい?始めるよ?」

 ユーリアは自分の後ろにいるヘレナに確認を取る。


 「はい、お願いします」


 「了解」

 ユーリアはすぐさま返事を返す。

 白い無地の額縁は、ゆっくりと輝き始める。

 

 ユーリアは目を凝らすようにして、マンフレッド邸をくまなく観察する。

 使用人がてきぱきと仕事をしている様子が見える。応接間には誰もいない。

 一階のアトリエ……風景画があるからイレーネの方……は誰もおらず、隣の寝室ではイレーネが起きだしている。

 さらに奥の、マンフレッドのアトリエには誰もいない。

 マンフレッドの寝室は……誰もいない。

 イーナの額縁と思われるものも一切なし。


 「待って、マンフレッドがアトリエにも寝室にも、一階にはどこにもいない!」

 ユーリアは叫ぶ。


 「二階は?」

 

 「今確認してる!」


 ユーリアは手早く、マンフレッド邸を手前から奥まで素早く網に通すように透視をする。

 ヘレナ、ユーリアが泊った部屋、今は空いている客人用の寝室、そして……イーナが寝ている部屋。誰もいない。


 「よかった、二階にも異状なし」


 「イーナが無事なのはよかったです、じゃあ、マンフレッドはどこに?」

 ヘレナが後ろでほっと息をつくのがユーリアには聞こえた。


 「地下か」

 ユーリアがつぶやく。


 「マンフレッド邸には地下はないって聞きましたが」

 

 「ほかにそうとしか考えられない」

 ユーリアは地中に目を凝らす。

 特に、マンフレッドの寝室やアトリエ周辺を重点的に捜していく。


 「あった」

 ユーリアが唐突につぶやく。


 「えっ?」


 「アトリエの地下、隠された空間がある。下水道を利用して作ったみたいだね。入り口はご丁寧に絵を描く道具の収納箱の下に隠してあるよ、イーナの額縁も、ちゃんとある」


 「本当ですか⁈」

 ヘレナが思わず大きな声をあげて言う。

 額縁の力を使えるユーリアしか確認できないのが惜しまれるところだ。


 「こげ茶色で木製、線状に彫刻入れてるやつ、そうでしょ?」


 「そうです!間違い無いです!さっさとイーナに報告して、回収しましょう!」

 イーナはいまにもマンフレッド邸の方へ駆け出しそうな勢いである。

 

 「ただ……マンフレッドが見当たらない」

 ユーリアはマンフレッドがどこにもいないことに気がついた。

 地下に繋がった下水道を少し辿ってみるが、そこにも人影はない。


 「額縁の中……ですか」


 「とりあえず、戻ろう。私は透視しながらできる限り監視し続ける」

 ヘレナとユーリアは足早にマンフレッド邸へと戻り、イーナのもとへ向かった。


 ヘレナが扉を開けて部屋に入ると、イーナは起きていた。

 特に何をするわけでもなく、イーナは窓の外を見ている。

 帝都の街はもう動き始めていて、馬車や人がたくさん往来していた。

 ユーリアも部屋に入るのを確認すると、ヘレナは扉を静かに閉めて、鍵をかける。

 ユーリアはすぐさま額縁を取り出して、地下の額縁の監視を始めた。


 「イーナ、調子の方はどうですか?少しはよくなりました?」

 ヘレナは窓の方を見たままのイーナに話しかける。


 「少しだけかな。思考はちょっとはまとまるようになってきたよ」

 恐らく、額縁とイーナの距離が物理的に近くなったためだろう。

 額縁とその持ち主との距離が遠ければ遠いほど、持ち主の身体には支障が生じる。


 「もう少しで、イーナの額縁が見つかりそうで、多分、もうすぐ額縁が帰ってきます」

 ヘレナは慎重に言葉を選ぶ。

 「その前に、イーナに情報をしっかり話しておくべきだと思うんです」


 「わかった、話を聞くよ」

 イーナはヘレナの方に向き直る。

 これからただならぬ内容が話されることを、なんとなくイーナは感じ取っていた。

 ヘレナは正直であるがゆえに、雰囲気が表に出やすい。


 「単刀直入に言いますね、まず、額縁は、この家の地下にあることがわかったんです」


 「この家の、地下?」


 「はい。隠された地下室です、マンフレッドさんのアトリエの」


 「……動機がないよ。額縁が見たければ私に頼めば良いだけじゃないかな」

 イーナは困惑を隠せない。


 「私もわかりません、でも、私たちが壁外地区に行くと事前に知っていて、それを実行に移せるのは彼しか……」

 ヘレナはユーリアに説明したのと同じ内容をイーナに話す。

 イーナは何も言わずに聞いていた。


 「……わかった」

 「これから額縁確保しに行くんだよね」

  イーナはベッドから足を出して、ベッドの端に座る。

 「私も行くよ」


 「それはさすがに……無理ですよ」

 ヘレナが止めようとすると、イーナはベッドから立ち上がった。

 身体に不自由はなさそうだが、相当のだるさがあるはずだ。

 

 「自分の目で確かめないと納得できない自分がいるから、行かせてほしい」

 イーナがヘレナの目を見据える。

 イーナの目には有無を言わさない固い決意があった。


 「……わかりました。額縁周辺の方に異常はありませんか?」

 ヘレナは了承するのと同時に、ユーリアに状況を確認する。

 

 「地下異状なし!さっきと何も変わらないね」

 額縁を光らせながら、ユーリアは返答する。


 「イーナの準備が終わり次第、額縁の奪還任務を実行します。イーナの額縁、取り返しますよ」

 ヘレナはユーリアの目線を追って、部屋の床をじっと見つめた。

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