第30話 分析結果
ヘレナはユーリアのいる部屋の扉をたたく。
ユーリアもまた、マンフレッドの好意によって客人用の寝室に宿泊していた。
しばらくすると、扉が少し開いて、ユーリアが首から先だけ出してきた。
「焦るのはわかるよ。けど、用件は明日にまわせない?できれば寝たいんだ」
一言だけ残して、ユーリアは扉を閉めようとする。
「これは急ぎなんです、わかったかもしれないんです」
ヘレナが必死になって閉まりかけた扉に体を入れ、開けようとする。
「わかった?何が?」
ユーリアは扉を閉めようとする手を緩める。
扉が勢いよく開いて、ヘレナはよろめいた。
よろめいた体を起こして、ヘレナは顔を上げる。
「とにかく、少しお話しできますか?」
ヘレナはユーリアの「部屋」へと招き入れられる。
無地の白い額縁はその小ささのため、やはり通りづらかった。
額縁の小ささとは対照的に、「部屋」は案外狭くない。
ヘレナの「部屋」と同じくらいの広さだった。
部屋の中央にはベッドがおかれ、そばにはドレッサー、左手には暖炉とイス、テーブルが置かれている。
天井には小さいながらもシャンデリアが置かれ、壁にはランプも備えている。
全体的に額縁と同じ白が目立つ「部屋」であり、その多くは細部に繊細な意匠が施されながらも、全体としてはシンプルで直線的なデザインとなっており、上品さが感じられた。
「座っていいよ。で、何がわかったの?」
暖炉の前の席をすすめられて、ヘレナはイスにこしかけると、一枚の資料をユーリアの前に広げる。
「これを見てください」
「事件当日のタイムライン……」
ユーリアは資料をじっくりと読み込む。
「当日の朝の時点で、すでにおかしいんです」
ヘレナは朝の行動が記されているところを指さす。
早朝6時前ごろ 実行犯、城壁の抜け穴付近の茂みにて依頼を確認。
8時ごろ 実行犯依頼通り城門にて待機を始める。
10時ごろ ヘレナとイーナ、城門を通過し実行犯は尾行を開始
「これに何か問題があるの?」
ユーリアは困惑して言う。
「これも見てください」
ヘレナは隣に依頼人から実行犯に伝えられた情報をまとめた紙を置く。
走り書きのメモのように、箇条書きで書かれている。
・イーナの額縁を盗む
・ヘレナとイーナは壁外地区に来て、城門を通る
・ヘレナとイーナの髪型、身長、服装など
「この情報が当日の朝に実行犯に伝えられたんです」
「……つまり、予定を先に把握されていたということね」
ユーリアはテーブルに頬杖をつきながら答える。
「そうです。そして、当日の朝までに私たちの予定を知れる人なんて、もうそんなにいないんですよ」
ヘレナとイーナが壁外地区に行くと決めたのは前日の夕食時だ。
そして、それを知ることができるのはヘレナとイーナ以外に三人だけ。
「……話の筋は通ってるけど、動機がわからないね」
「私もそう思いましたし、正直複雑な気分です」
ヘレナはため息をつくと、事件当日の時系列表に何かを書き加え始める。
前日夕食時 マンフレッド、翌日の予定を確認、二人が壁外地区に行くと知る
夜明け前 マンフレッド、額縁の買い付けに泊りがけに出かける。
早朝6時前ごろ 実行犯、城壁の抜け穴付近の茂みにて依頼を確認。
8時ごろ 実行犯依頼通り城門にて待機を始める。
10時ごろ ヘレナとイーナ、城門を通過し実行犯は尾行を開始
「マンフレッドが帰宅したのはこの翌日の昼です。事件のあった日は丸々いませんし、依頼人として実行犯と接触も可能。おまけに大量の額縁を持って帰宅です」
事件当日の朝は、ヘレナもイーナも、マンフレッドはいつも通りに寝坊をしていると考えていたが、どうやら違ったようで、ヘレナとイーナが起きるよりも先に家を出ていたようである。
当日の事件後の夕方、使用人に教えてもらうまで、ヘレナも気づいていなかった。
「…………」
ユーリアは頬杖をついた手で口を抑え、黙って考え込んでいる。
「こうなっては、調べるほかないです、現状は彼しか考えられないですから」
「明日は、協力していただけませんか?」
「奥さんと使用人はやはりあり得ないよね」
「恐らくは。事件当日の朝にいますし、その後も交代でイーナの看病もしていますし。ただ、このことについて話しは絶対にしませんが」
動機が全くもって推測できない以上、協力者になりうるイレーネや使用人にこのことを話すことはできない。
「ヴルカーンハウゼンには先に話すの?」
ユーリアは時系列表をじっと見つめたままだ。
「確証を得られたら、私が話すつもりです。明日、この家の透視をお願いします」
「……わかった、任せて」
ユーリアは立ち上がって、ベッドの方へ向かう。
「明日、決着つけられるようにしましょう……それじゃ、おやすみなさい」
ヘレナはユーリアの「部屋」を去って行った。
額縁の置いてある部屋の扉が閉まる音がして、ユーリアの「部屋」に静寂が訪れる。
「用件、やっぱ明日にまわしてもらった方がよかったなあ」
「これじゃなかなか寝付けそうにないよ」
ユーリアはベッドの中でため息をついた。
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