第28話 情報と能力の不足

 「さあて、少しお話しさせてもらおうか」

 ユーリアが実行犯の傍らにしゃがみ込む。


 「知らねえよ」

 実行犯の片割れ、うつ伏せになっている方がが静かにつぶやく。

 実行犯二人組はヘレナの額縁の力でしっかりと地面に押さえつけられており、身動きは取れない。


 「何が」

 ユーリアが聞き返す。


 「何にもだよ。なぜ額縁を盗ませたのも、どこに額縁があるのかも、依頼人が誰かってこともだ」


 「……やっぱり何も知らないじゃないですか、実行犯を見つけるんじゃなくて、黒幕くらいを突き止めないと……」

 ヘレナが怒りと悲しみが入り混じったような声でつぶやく。

 無駄なことをしている暇はない。


 「いや?そうでもないと思うよ?少なくともこいつらから経緯を聞くことができる。憶測が事実に変わるだけでも見えてくるものがあるかもしれない」


 「だといいですけど……」

 

 「残念だが、いくら訊いても無駄だと思うがな」

 実行犯は笑う。

 ヘレナの額縁の輝きがぐんと増すと、笑い声はすぐにうめき声に変わった。


 「じゃあ、さっさと質問始めるね、どうして額縁を狙った?」


 「持ってこいと言われたからね」

 腕を蹴られて仰向けになった方の実行犯がつぶやく。


 「誰から?」


 「知らないよ、ただ金がもらえるからやっているだけだね」


 「どうやって見ず知らずの人間とやりとりをしてる?」


 「それ聞く?あまり言いたくはないんだけど」

 仰向けになっている方が答えを渋る。

 ヘレナの額縁がまた強く光を放った。


 「城壁、城壁に抜け道がある、知らないか?」

 少し辛そうな声でうつ伏せになっている方が答えた。

 「知らないんだったなら案内するから、拘束を解いてよ」

 仰向けになっている方がにやけている。


 「知ってますよ、案内はいりません」

 ヘレナは感情のこもっていない声で答える。

 仰向けの実行犯は小さく舌打ちをするとまた黙り込んだ。


 「それでだ。そこの壁内側の茂みにいつも金と命令が入ってる。それに従って行動すると、対価がさらにもらえるという方法だ」

 「今回はちょうど昨日の朝に見に行ったら情報が書かれていて、壁外地区に来るお前らを城門から尾行してイーナって方の額縁を盗んでこいって話だった。銃も一緒に置いてあった、非常用だってな」

 ヘレナは実行犯から取り上げた銃を眺める。

 簡素な装飾だが複雑なつくりをした銃である。


 「盗んだ額縁はどうした?」

 ユーリアがさらに深く突っ込んで訊く。

 

 「いつもは茂みに隠したりするんだが、そればかりは人が取りに来た。壁内で夜になるまで待ってから、金と交換した。暗いからよく見えないし、そもそも顔を隠してるから結局誰かはわからない」


 「体に特徴は?」


 「そもそも依頼人本人かすら怪しいだろ、まあ言うけど。春なのに外套着てるせいで体型はわからない、身長は普通くらいだったな」


 「その後の額縁の動向は知らないと?」


 「興味はないし、どうでもいいね。危険を冒した割には金払いは悪かったな、しかもこうして捕まるし」

 仰向けの方が不満そうに言った。


 「他に気になったことを全て話してください、特に依頼主とか」

 ヘレナは語気を強めながら額縁の力も強くする。


 「痛い痛い、わかった。気になるところと言えば……四ツ窓、特にその、つける相手二人に詳しかったってことくらいだな。容姿とかを詳しく情報に記載されてて尾行しやすかったぞ……痛っ」


 そのあとも途中途中ヘレナが物理的に圧力をかけながらも、いくつかの質問をして、実行犯の尋問は終わった。

 実行犯はヘレナがエドラー家の諜報員に連絡して連行、そのまましばらくエドラー家の管理下に置かれることとなった。

 帝国に引き渡すこともできたが、シュテルマーの息がかかっていることが否定できないため、避けることとした。

 




 「んー……さすがに壁内の住宅まで捜すのはやめるべきか……?いや、でも……」

 壁外地区からの帰り道、ユーリアは独り言をつぶやきながら、額縁を光らせ続けて周囲の捜索を続けている。

 

 「……結局何もできてないですね、結局今日できたのも、人質を取り押さえるだけ」

 

 「……」

ユーリアは黙って聞いている。 


 「自分の能力だけじゃ、やっぱり駄目です、ヴルカーンハウゼンのときも、今回も。自分一人じゃどうにもならなくて、助けられてばかりで」


 「助けられてるのはこっちだよ」

 ユーリアがぼそりと言う。

 ユーリアは額縁の力を使って、周囲を監視したままだ。


 「そもそも私は壁外地区の飲食店なんか全く知らないから、実行犯を効率的に捜すことなんかエドラーがいなかったらできないし、殺傷系の力は額縁で使えても、二人同時に生け捕りなんてこともできない。エドラーがいなきゃ実行犯は捕まえられてないよ」

 「それに」少し間をおいてユーリアが付け足す。

 「自分一人でできなかったと思う方が傲慢ってもんだよ」

 ユーリアはヘレナの方を少し見て、くすりと笑った。


 「……そうですね、こんなこと考えてる暇があったら、額縁を見つけるために頭を絞った方がいいですよね」


 「うん、そうだよ、できなかったことより、できることを探した方がいいに決まってる」

 ヘレナはユーリアの言葉に対してうなずく。


 「とりあえず今日は、イーナに良い報告をしましょう!一番不安なのはイーナですから!こっちが気分落としてる場合じゃないです!」

 ヘレナは気を取り直して小走りでマンフレッド邸へと向かう。

 帝都の夜もだんだんと暖かくなってきた。

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