第27話 実行犯捜索
ユーリアが主に考えた壁内での捜索方法は、至って単純なものだった。
イーナの額縁を盗んだ人物を見つけ、その周辺を探るのである。
午前と午後にわけて壁内と壁外を捜索することに決め、午前中は二人は別行動ということとなった。
ユーリアは壁内で額縁を盗んだ実行犯を探すと共に、イーナの額縁を狙いそうな人物の動向を観察し、ヘレナは城壁の抜け道を監視して動きがないかを見張ることとした。
「でも、広い帝都であの顔もわからない二人組を見つけるなんて、無理ですよ……大体、見つけたとして額縁のありかを知っているかもわかりませんし」
ヘレナは街を歩きながら不満そうに言う。
二人は目的地に行く途中までは同じルートだ。
「あ、言ってなかったか」
ユーリアは額縁を光らせて周りを捜索している。
目的地に向かう途中でも額縁の手がかりがないか見逃すまいというユーリアの考えだ。
「あの店で顔まで透視して見といたから、わかるよ」
二人組は顔を隠していたが、ユーリアの能力には無力だった。
ヘレナはユーリアの言葉に返答はしなかった。
二人は黙ったまま歩いていく。
やがて、二人が別れる地点に到着した。
「じゃあ、私は抜け道しっかり監視します、そちらもどうかよろしくお願いします」
別れ際、ヘレナはユーリアに頭を下げた。
ユーリアがこのような事態を招いたという点で、ヘレナに不満は残っているが、顔を隠した人間の素顔を見れるというのは、ユーリアが高度な透視技術を持っているということの証明に他ならない。
この捜索はユーリアにかかっている。ユーリアの力が必要だ。
ヘレナは祈るような気持ちでユーリアに礼をした。
「任せてよ、しっかり仕事してくるから」
ユーリアはそう言って、額縁を光らせながら別れた。
軽い語調だが、少しだけ責任を帯びたような声だったようにヘレナは感じた。
ユーリアは壁内を捜索しながらそのままイーナの額縁を狙いそうな人間の動向を探っていく。
シュテルマーをはじめとする額縁対立派はその筆頭だ。
四ツ窓を排除しようと考えている額縁対立派は現状でイーナの額縁を最も盗む可能性が高いと考えられる。
特に、シュテルマーなどはイーナ個人の排除を狙っていた。
強引な方法を使ってイーナの失脚を狙うこともあり得ないわけではなかった。
ユーリアは近い順に額縁対立派の邸宅に接近して周りを歩き、ユーリアの能力を使って調査を行う。
遠い場所から邸宅などを透視し、額縁や例の二人組がいないか捜すのである。
ユーリアはヘレナからイーナの額縁の特徴について教えてもらっていたが、調査したところはすべて、そのようなものは見当たらず、男二人組や不審な動きも見られなかった。
「結局、通ったところも含めて帝都壁内の半分くらいは捜索したことになりますけど……」
二人は合流したあと、壁外地区への道のりを進む道中、ヘレナは地面に目を落としながら言う。
「額縁対立派の家の地下にすらなかったのはびっくりした、額縁を盗みに行くなんて、そいつらくらいなものかと思ってたんだけど」
ユーリアは相変わらず周囲を透視しながら答えた。
ユーリアの額縁の技術は確かなもので、通常のブルクナーでも難しい地下空間の透視まで難なくやってのけている。
「エドラーの方は何か動きは?」
ユーリアが訊く。
「全く動きはないです、出入りどころか周辺を通る人もまばらでした……」
ヘレナは事件後ずっと元気がない。
二人はしばらく黙り込む。
「まさかであってほしいですけど、『部屋』の物品が目当ての強盗だなんてことはあり得ませんよね」
もしもこうした種類の犯罪だった場合、すぐに中身を盗むだけ盗んで、残った額縁などは川あたりに投げ入れているだろう。
そうなれば発見はほぼ不可能になってしまう。
「ねじ込み銃身式拳銃とかいう滅茶苦茶高い銃持ってる人間が四ツ窓相手に強盗するとは到底思えないね」
ユーリアが否定する。
あの銃は貴族が護身用として持つことが多い高価なものだ。
そこらへんの人間が手を出せる金額ではない。
それに、あの至近距離で発砲したのにもかかわらず、二人とも狙いを外していた。
間違いなく撃ち慣れているとは言えないだろう。
雇い主が支給品として銃を与えたのではないかとユーリアは考えていた。
「でも、あの逃走経路を見る限り、壁外地区を知っている人間だと思います」
あの入り組んだ路地裏は数回行ったくらいでわかるものではない。
何度となく訪れたことのあるヘレナですらその全貌は把握していないのだ。
日常的に使うくらいでないとあそこまでの逃走はできない。
「壁外地区に住んでいる可能性が高いってことか」
壁外地区は壁内と比べればそう広くない。
実行犯が壁外地区に留まった、もしくは壁内から戻ってきているならば、見つけられる可能性は壁内に比べて格段に高まる。
「抜け道は恐らく一つしかないですし、動きはありませんでしたから、壁外地区にかけるしかないですね……」
そう言って、二人は城門をくぐり抜けた。
(街の構造が複雑なだけに、透視もしづらい……!)
壁内地区に入ってすぐ、額縁の持つ手に自然と力が入るのをユーリアは感じた。
無造作に乱立し、増改築を繰り返して融合したような壁外地区の建造物は、効率よく捜索ができるが、繊細な深度調節が必要だという点で、求められる技術が高い。
自らの負担のためにも、ある程度捜す場所を絞る必要があるとユーリアは考えた。
「エドラー、ならず者が大金を手に入れたら、最初に何をすると思う?」
「……さあ、別に人によると思いますよ」
ヘレナはぶっきらぼうに答える。
「極論で言えばそうだけど、翌日くらいは遊びに使うんじゃないかと思うんだよね」
「遊び……飲みに行くとか、賭け事をやるとか、ですか」
「うん。そういうこと。二人組の片割れくらいなら見つかりそうじゃないかな?」
「作戦なしでやみくもに捜すよりかはマシってことですよね、わかりました、知ってる分だけ案内します」
二人は、ヘレナを先頭に壁外地区を進み、捜索を継続する。
壁外地区は路地裏が入り組んでいて、建物が密に建っており、人にあふれているため広く感じがちだが、実際のところは城門の周辺にだけある小さな地区である。
店の数こそ多いものの、その多くが小規模なもので、座って飲食できるような店は数えるほどしかない。賭け事などなおさらだ。
二人は次々と店を回り、確認をすすめていく。
ヘレナとイーナがユーリアと出会った現場も捜索する。
路地裏の角からそっと額縁を目立たないように構えて、透視をしていたユーリアがついに何かを発見した。
「エドラー、一番奥の左手奥まったところに、それらしいのが二人いる。ずいぶんな量を注文しているからすぐにわかるよ」
「わかりました。視認次第額縁で抑えつけます。援護願います」
ヘレナは真剣な表情で答え、額縁を抜き、店内へと入っていく。
ユーリアも額縁を光らせたまま、そのあとをついていった。
お昼過ぎ、まだ客入りは多い時間帯である。
店内に四ツ窓二人が臨戦態勢で侵入してきたら、注目を浴びないわけはないだろう。
ヘレナもユーリアもそんなことは最早気にしていなかった。
「そこを左に曲がって右手に目標、透視解除するよ、額縁出して閃光入れる」
ユーリアが合図をする。
ユーリアは額縁だけを角から出して閃光を入れる。
彼女の白い額縁が前方に向かって雷を放ったかのように光った。
間髪を入れずにヘレナが角から飛び出す。
飛び出した先にいた客は目標の二人だけで、テーブル席に向かい合わせで座った彼らは視界を奪われて混乱している。
ヘレナは即座に額縁の力で二人を抑えつける。
ヘレナの銀の箔で覆われた額縁が輝く。
一方は地面にうつ伏せで、もう片方は席に抑えつけられる。
強めに抑えつけたので二人は少しうめき声をあげた。
実行犯の片割れがこちらの方を見ると目を見張るような表情をする。
「なんでここがわかったんだって顔をしていますね」
ヘレナは表情を変えずに言う。
座っている彼が背中に銃を隠し持っていることにヘレナは気づいた。
片割れがゆっくりと口角を上げる。
「でも、事件現場に戻る方が阿呆だと思いますよっ!」
片腕が動いて銃が見えた瞬間、ヘレナは片割れの腕を蹴り上げる。
ねじ込み銃身式の拳銃が宙に飛び、彼は蹴られた反動で椅子から落ち、地面に仰向けとなった。
「とりあえず、話をする準備は整ったかな」
ユーリアは二人を見据えて言い放った。
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