第25話 額縁

 「正直お肉も食べたいですが、今は絶好の機会です、あれがユーリア・ブルクナーかどうか確かめないと」

 ヘレナが興奮した面持ちで言う。

 給仕はまだこちらが四ツ窓だと気づいてはいないらしく、落ち着いた様子でこちらに近づいてきた。


 「肉大きいのです」

 給仕はヘレナとイーナの前に大きく積み上げられた肉を置く。

 大きい肉一つではなく、小さい肉が大量にある意味での「大きいの」だ。

 テーブルの上の肉に二人は目もくれず、給仕のお盆を観察する。

 やはり素材は間違いなく革製、お盆にしては妙に厚みがある。

 どこかに開けて中身を取り出せる口があれば疑いようもなく四ツ窓の人間だろう。


 「この大きいのは何の肉ですか?」

 ヘレナが去ろうとする給仕を引き止める。

 この機会を逃さずものにしたい、そんな思いをヘレナから感じた。


 「何のって……普通に鳥じゃないですかね」

 困惑しながら給仕が答える。


 「鳥と言ったって色々あるじゃないですか、鶏とか七面鳥とか……あと、なんだろう、四ツ窓とか?」

 ヘレナがかまをかけると、給仕はそれに対して少しの間黙ったあと、ため息を一つついた。

 

 「……ブルクナーから雇われたのかは知らないけど、原隊に復帰する気はないよ」


 「エドラーからですね、ブルクナーとは関係がないですよ、ユーリアさん」


 「ああ、名前まで知ってるんだ。ともかく、誰の差し金であろうとどうでもいいよ、帰ってくださいな、まだ仕事があるから」

 面倒そうにユーリアは言う。

 

 「せめて、この肉全部食べてから出直すのはダメですか?」

 ヘレナが不満そうに聞く。

 ユーリアはあからさまに大きなため息をついた。

 「こっちの額縁を軽んじないでほしい、こんなところで戦いたくない、お仲間が壁の裏にいるのはもう視えてるよ」

 ユーリアはヘレナをじっと見据えて、ゆっくりとよくわからない警告をした。

 ユーリアは後ろに回した手に持った円形の革製のケースから、額縁を半分ほど出している。無地の白い額縁の枠はぼんやりと光っていた。

 ブルクナーの能力の一つの透視能力を使っているとみられる。

 汎用性が高く、遮蔽物に隠れたナトゥアも索敵できる能力であり、この店のように入り組んだ場所で役立つ力である。


 「え?」

 ヘレナが即座に後ろの壁を振り返ったその瞬間、ヘレナとイーナの背後から続けざまに一、二発、銃声が鳴り響く。

 イーナの右耳にも風を切るような音が一つ聞こえた。

 ユーリアは短く舌打ちをしたあと、即座に額縁からまばゆい光を放った。

 後ろを振り返っていたヘレナは光をもろに直視することは防げたが、イーナは思いきり閃光を食らってしまった。

 瞬時にイーナの視界は強烈な光によって奪われる。

 視覚を失ったなか、イーナはあたりに発砲煙の臭いが立ち込めるのを感じ、背後で数人の走る足音が聞いた。


 「イーナ!」

 ヘレナが叫ぶ声が聞こえるが、イーナは身動きがうまくとれない。

 イーナが手探りで隣の席に置いた額縁を探し、すぐに額縁の革の感触を見つけて、掴もうとしたとき、革が滑るような感覚がして、また額縁を見失ってしまった。


 「先に追います!」

 ヘレナの声が聞こえるのと同時に、離れていく走る足音を聞く。


 イーナは少しずつ視界を取り戻してきた。

 席から立ち上がって周りを確認する。

 周囲は混乱を極めたような状況であり、客は逃げ惑い、椅子や机は倒れ、大きい肉は残念ながら床に散乱している。

 イーナと同様にユーリアも困惑しているようで、額縁を前に構えたまま、動揺を隠しきれない。


 イーナは隣の椅子をみる。

 椅子の背に立てかけてあったはずの額縁が革製のケースごとなくなっている。

 

 「仲間じゃない……ってこと?」

 ユーリアはすっかり人がいなくなった店内で、静かにつぶやく。


 「少なくともこちらの仲間ではないかな……」

 イーナは内心の動揺を必死になって抑えながら、ユーリアの独り言のような言葉に、できるだけ冷静に返した。


 「じゃあブルクナーが?まさか……」 


 「それはわからない。けど、あなたも四ツ窓なら、『窓持ち』の私の今の状況が理解できるはず。この案件だけでもいい、協力してもらえるかな?」

 考え込もうとするユーリアにイーナは反論するかのように話しかける。

 現状のところ、あの者たちがどんな者なのかはわからない。

 しかし、こちらに敵意を向けたことには間違いがない。

 イーナとしてはブルクナーの力が必要で、その必要性は今この瞬間にさらに増した。

 今はユーリアを一時的にでも仲間に引き入れなければ、問題を解決できる可能性が低くなる。


 「わかったよ、協力する。あくまでも一時的なものだよ、君の額縁が見つかるまでのね」

 イーナは冷静になろうと努めるものの、胸の鼓動が明らかに早まるのを感じた。



 「まずい……すごくまずいよ……」

 ヘレナは入り組んだ路地裏で手を膝につき、息を切らしていた。


 ヘレナはユーリアの閃光をたまたま避けられたから、壁の裏にいた人間を見ることができた。

 人数は男二人、至って普通の服装だが顔は隠していた。

 彼らは後ろの壁の端から飛び出すと、隠し持っていたねじ込み銃身式の小型拳銃を撃った。

 銃撃を受けて即座にユーリアが閃光を放ったが、身をかがめて俯いていた二人にはあまり効かなかったと思われ、そのままイーナの隣の席からイーナの額縁を引っ掴んで店の出口へと向かった。


 ヘレナはもちろん額縁を取り出してすぐさま追いかける。

 身元不明の二人は店の中の客を強引に押し除け、時にはテーブルを倒してヘレナを妨害しながら逃げていく。

 ヘレナも額縁の能力を用いて倒れたテーブルを即座にどかして追い、二人の動きを鈍らせようとするが、ヘレナも走りながらでは上手く狙いを二人に合わせられない。


 二人はそのまま店を飛び出し、狭い路地へと出て、ヘレナもそのまま追いかけた。

 二人は一直線に人通りの多い表通りへと出ると思いきや、表通りから遠ざかる方へ走っていき、入り組んだ路地裏を細かく曲がりながら進んでいく。


 (これじゃどうしても視線が切れちゃうよ)

 これではヘレナの額縁の力がうまく使えない。

 敵の動きを鈍らせるには一定の時間相手を目でしっかり追い続ける必要があるためだ。

 相手もそれをわかっているのだろうか、入り組んだ路地裏での追いかけっこはしばらく続く。

 さすがに全速力で走り続けたのは間違いだったか、しばらくすると身元不明の二人は走りに体のブレが見え始めてきた。

 ヘレナは士官学校でそれなりに鍛えられたため、人並み以上には体力がある。

 ヘレナももちろん辛くなってきたものの、角を曲がるごとに彼らとの距離が縮まってくるのを感じていた。

 二人はよろめきながら路地裏の角を曲がる。

 ここを曲がればもう手の届くところに彼らはいるだろう。

 ヘレナは力を振り絞って最後の角を曲がった。



 すぐ目の前に、人で溢れる大通りが広がっていた。

 ヘレナはすぐに二人組を探す。

 肩に大きな額縁のケースをかけた男だ、すぐに見つかるはず。

 しかしこの人の量では見つかるはずはなかった。

 二人組にしてやられたのである。

 あらかじめ逃亡経路は決まっていて、ギリギリまで相手の体力を消耗させてから大通りに紛れ込み、相手の追跡を完全に振り切る、それが相手の狙いだった。


 ヘレナは路地裏の壁にもたれかかって膝に手をつき、乱れた呼吸を整えはじめる。


 「まずい……すごくまずいよ……」

 思わずそんな言葉が口をついて出た。


 イーナの額縁が奪われた。

 これを見つけるのは相当に困難なことだろう。

 だが、何としてでも見つけなければならない。


 額縁の持ち主と額縁は切っても切り離せない関係だ。

 離れ離れにすると能力に支障が生じるし、ほかにも致命的な問題が発生する。


 これは四ツ窓共通の超機密事項であって、四ツ窓の弱点とも言うべきもの。


 額縁の持ち主と額縁を離れ離れにするとどうなるか。


 答えは単純で、まさしく致命的なものだ。


 額縁の持ち主は徐々に衰弱し、数日のうちに死に至る。


 ヘレナは結局、荒れた呼吸を落ち着かせることはできなかった。

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