第24話 酒飲み

 「じゃあ、いくつか質問に答える形式にしましょう、お金を払ってるんですから、しっかり答えてくださいね?」

 ヘレナは情報屋もとい酒飲みに提案をする。


 「わかったわかった、言われなくてもしっかり答えるさ」

 酒飲みは酒に口をつけながら片手を突き出してヘレナをなだめる。


 「それじゃあ、最初の質問いきますよ」

 「ここ5日以内で、私たち以外に四ツ窓の人間をこの辺りで見かけたことはありますか?ここを通り過ぎるとかじゃなくて、私たちのように明確な用事があってくるような人たちのことです」


 「随分妙な質問だねえ…四ツ窓の誰かを探してるんだろうけど、少なくともこの辺りをうろつくような、どうかしてる四ツ窓はあんたくらいしか見たことないな」

 酒飲みは楽しそうにしている。

 これに関してはイーナも全くの同感だった。

 こんなところを特別な用もなくうろつく貴族はイーナくらいしかいないだろう。


 「そもそも、四ツ窓は目立つからそんなに見逃すことはないよ。なんで背中にあんなでかいもの背負うのか、休みの日くらい外したらどうなんだ?」

 酒飲みが困惑して言う。


 「まあ外せない色々な理由があるんですよ」

 ヘレナは適当に答える。

 額縁の持ち主と額縁は切っても切り離せない関係だ。

 離れ離れにすると能力に支障が生じるし、ほかにも致命的な問題が発生する。

 易々とその理由を言えるものではない。

 

 「なるほど?ぜひ聞かせてもらいたいな」

 酒飲みが食いついた。


 「話が逸れてるのでダメです、それに、あなたに情報をあげたら他の人に漏れちゃうかもしれないじゃないですか…次の質問いきますね」

 酒飲みは不満そうにしながらも黙ってヘレナに従う。

 「ここ5日以内に、この辺りで怪しげな現象があったり、そうした騒ぎが起こったことはありますか?」

 ヘレナがさっき実演した、そこまで目立たずに四ツ窓が移動する方法とやらがあったかどうか聞いているのだろう。

 酒飲みはしばらく考え込んだ。


 「怪現象だって?いや…うーん…この辺りで怪しげなことなんて枚挙に暇がないからなあ」


 「些細なことで構いませんよ、なんでもいいです」


 「思い当たることといえば、数日前の夕方に粉物の店で思いっきり粉をぶちまけて部屋中天井にまで舞い上げたやつがいて、そこに運悪く燭台を持ったやつが奥から出てきて店が爆発したくらいの話しか…」

 ヘレナは露骨に困惑した表情をする。


 「粉っていってもあれだぞ、小麦粉とか、そういった類のものだ。決して変なものじゃないから」

 酒飲みは少し慌てたように補足した。


 それからもヘレナと酒飲みの問答は続いたが、あまりそれらしい情報は出てくることなかった。

 酒飲みは別れ際、「お前らが来たこと自体が金にこそならないが死ぬほど面白い情報だ、もっと話せ」などと言って二人に酒を飲ませて引き止めようとしたが、なんとか二人は彼女を振り解いて出てきた。

 結局のところ、情報を集めているというよりかは、酔っ払いの相手をしているという印象しかイーナには残らなかった。



 「困りました…」

 ヘレナは少し落ち込み気味の調子で言う。

 「正直ここまで手掛かりがないのは予想外でした」

 それは致し方ないことだとイーナは思う。

 大体探している本人の情報すら少なすぎるのだ。

 わかっていることは名前だけ。

 いくらその人間に特徴があろうと、これで人を探すなんて無理難題がすぎる。

 せめて行方不明の理由くらいは知りたいものだ。

 「ゆっくり探していこう、彼女が消えてからそこまで日が経っていないし、ひょっこり帰ってくるかもしれない」

 イーナはヘレナをそれとなく励ます。

 何かしら案を思いついただけイーナよりかはヘレナはマシだ。


 「まあ確かに…彼女の顔すら私たち知らないですもんね、額縁見れば多少はわかりますけど」

 「とりあえず、お昼ご飯を食べましょう、この辺りでは人気の店があるんです」

 ヘレナは気を取り直して言った。


 

 

 ヘレナの勧めた店は通りの入り組んだ路地裏を進んだ先にある、いわゆる隠れ家的な場所にあるような店だった。

 ヘレナ曰く、「この辺りに座ってご飯を食べられるところが少ないから、必然的に人気になる」らしい。

 人気の理由が味ではないことにイーナは思わず若干の不安を口にしてしまったが、ヘレナはそこに関しても問題はないとのことだった。

 

 外観の小ささとは裏腹に店の中は複雑な構造をしていて広く、十分な数の席が確保されている。

 従業員も多く、店内は慌ただしい様相を見せていた。


 「おすすめはどんな料理なのかな?」

 隣の席に背負った額縁を置いて、四人席についたイーナは聞く。

 周りの客を見ると、さまざまなの種類の料理を食べている。

 

 「そうですね…やっぱり肉ですね!大きな肉はストレスを消し去ってくれます!」

 ヘレナは壁にかけられたメニューを見ながら言う。


 「じゃあ頼んじゃいますよ、肉大きいの一つで!!」

 ヘレナは厨房の方に振り向いて大声をあげ、そのまま有無を言わさずその料理を注文してしまった。

 

 「これでよし。それにしても、ブルクナーの子の問題は振り出しに戻っちゃいましたね」

 「城壁の内側にまだいるのか、それとも全く遠いところに行ってしまったのか、はたまた何かうまくやって壁外地区に潜んでいるのか…」

 ヘレナのおしゃべりを聞くのもそこそこにして、イーナは店内をなんとなく見渡す。

 入り組んだ店内には昼時のため多くの人が入っている。

 帝都に入る前に食事をする旅人と思われる者や、周辺の住人など、客の種類はさまざまで、活気が溢れている。

 城壁を挟んですぐの壁内とは雰囲気どころか文化すらも違う気がイーナにはしたが、不思議と当初感じた居心地の悪さはもう消えつつあった。

 

 ずっと話していたヘレナが唐突におしゃべりを止める。


 「イーナ、ブルクナーの子の額縁の形って知ってます?」

 ヘレナは遠くを見たままイーナに話しかける。


 「いや…知らないかな…」

 額縁の形は「窓持ち」の人それぞれで、同じ家の者でも異なる。

 例えば、イーナは少しだけ縦に長い長方形型であり、ヘレナは少し大きめの正方形である。

 必ずしも四角形ではなく、円形や楕円のものもたまにいる。

 イーナはユーリア・ブルクナーという人物はもちろん知らないので、彼女の額縁の形を知っているわけはなかった。


 「あの給仕係の持ってるもの見えます?」

 イーナはヘレナの目線をたどる。

 まわりで働いている他の者とさして変わらない普通の給仕だ。

 手には料理を乗せて運ぶ盆を持っていて背が高く、てきぱきと仕事を忙しくこなしている。

 

 「お盆を持ってるけど…?」

 

 「周りの人と比べると、あの人のだけ少しだけ大きいんです、まさかとは思うんですけど、額縁だったりしないかな、なんて……」

 イーナはもう一度例の給仕に注目する。

 彼女は料理を厨房から受け取って、盆に載せる。

 盆は確かに他の人のものより少し大きいが、額縁だと断言するには少し小さい気がする。

 しかし、一番気になるのはそのお盆が主流の木製ではなく、革製であることだった。


 「うーん、微妙だね。額縁にしては小さすぎる気がするけど」


 「最小くらいだったらあれくらいもあり得ない話ではないかもしれないです、脇に抱えて歩いていれば、そこまで目立ちませんし、私たちみたいな四ツ窓でもない限り、額縁だとわかる人間もいません。もしかするとってこともあり得ますよ……」

 ヘレナはじっと観察しながら言う。

 今のところ少し遠い場所にいるため、はっきりと確証は持てない。


 「あっ、注文した品物運んできてくれるみたいですね」

 例の給仕は確かに厨房から料理を受け取ろうとしている。

 イーナは目を凝らして給仕に注目するが、正直なところ料理の量に目が行って仕方なかった。

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