第23話 壁外

 ヘレナは人と馬車でごった返すような道をずんずんと進んでいく。

 行き交う人々に怯むことなく、人と人との間の隙間を縫うように歩かヘレナは、完全に人混みに慣れているようにみえた。

 イーナはヘレナに遅れを取らないようついていくのが精一杯だった。


 壁外地区の城門へと続く道の左右には、建物がひしめき合うように建っていて、細い路地の入り口は、一度入ったら出られないかと思わせられるほど入り組んでいるように見えた。

 建物の店の一階は多くが店になっているが、中はとても狭く、商品棚は天井まであるように見える。

 道にはそのうえ屋台がいくつも出ていて、食べ物やら雑貨やらを売っており、ただでさえ混雑している道をさらに狭くしていた。


 ヘレナは通行人をほぼ意識せずに避けながら、屋台の雑貨を眺めたり、店を覗き込みながら歩いている。

 

 「やあ額縁の嬢ちゃん、うちの品に興味がおありで?」

 ちょうど通りかかった屋台の店主の男がヘレナに声をかける。


 「あ、お久しぶりです!興味はいつもありますよ、大抵のものなら。まあちょっと今日は別の用なんですけどね」

 ヘレナは楽しそうに返す。

 完全に常連のようだ。

 といっても、大きな額縁を背中に背負っている四ツ窓は目立ち、人の印象には残りやすいだろう。

 一般人ほど足しげく通っているとも限らない。きっとそうだ。

 イーナは自分に言い聞かせるようにそう考えた。

 

 「今日はお連れさんもいるんだなあ、そうだ、これなんかいい品だよ、武器軟膏っていうんだがな、傷をつけた武器の方に塗る軟膏だ、面白いことに傷が治るらしい。最悪関係ない武器に塗っても多少は効くらしいぞ――」

 店主は怪しさ満点の商品の説明を開始する。

 ヘレナはにこにこしながら話を聞いていた。


 「ええと、ヘレナ…ちょっとそれは」

 イーナが声をかけると、ヘレナはイーナを手で制止する。

 ヘレナは店主と楽しく会話した後、結局何も買わずに出ていった。


 「私だってバカじゃないです、あれが怪しいものだってことくらいはわかりますよ」

 ヘレナは少し不満そうに言う。


 「じゃあどうして…」


 「そんなの簡単じゃないですか、面白いからですよ、もっともらしい理由もありますけどね、エドラー領でその商品の売買を禁ずることを提案するとか」


 「な、なるほど」

 後付けとはいえだいぶまともな理由を出されてイーナはたじろいだ。


 「でも、今の様子を見る限り、『窓持ち』はやっぱりこれだけの人混みでも目立つものだね、ここに潜伏するのはやはり難しいんじゃないかな」


 「それなら、割となんとかなりますよ。額縁が目立つなら、他にもっと目立つものを作ればいいんです」

 「ちょっとこっちに来てみてください」

 ヘレナは口元に笑みを浮かべて、イーナを路地裏に連れ込む。


 「通りから見えないように盾になって」

 ヘレナが通りから見通しが悪くなるようにイーナを路地裏に立たせて、背中から額縁を抜く。


 「うーん、どれがいいかな…あ、あれが良さげですね」

 ヘレナは何かを品定めするかのようにイーナの肩越しから顔を出している。

 「あの陶器の屋台の大きな壺を見ててください」

 ヘレナがイーナに指示を出す。


 イーナはヘレナの言う通り壺をじっと見つめた。

 普通…ではないが、少し古びた壺である。

 屋台の店主は通りに向かって熱心に何かを話していて、おそらく壺のことだろうと思われる。

 どうやらあの壺は屋台の目玉商品らしい。

 案の定、庶民には到底手が出せないような値段がつけられていた。

 イーナが壺を眺めていると、背後で一瞬ぼんやりと光を感じた。

 その瞬間、屋台に置かれた壺がぽんと高く跳ね上がって、落下し、台に近づくとゆっくりと減速して着地する。

 屋台の周りでは驚きの声がいくつも上がり、店主ですらも驚きを隠せない。

 壺がいきなり尋常でない動きをしたのだから、当然と言えば当然である。

 あっという間に屋台には人だかりができてしまった。


 「行きましょう!」

 ヘレナは額縁を背中にしまうとイーナの手を引いて路地裏を出て一気に現場を離れる。

 例の屋台から少し離れると、ヘレナが笑いながら言った。

 「見てください、すごい人の集まりようですよ!」

 屋台の周りの人だかりはますます大きくなって、道をふさぐほどになっている。

 人だかりが人だかりを呼んで、収集がつかなくなっているのだ。


 「こうすれば、たとえ『窓持ち』でもあまり目立ちません。ほかに目立ちすぎるものがあるから、こっちに目がいかないんです。もしも誰かが見たとしてもしっかり指摘するまで気づかないし、気づいてもぼんやりとしか覚えてません」

 「私は、ブルクナーの子も同じような手を使ったんじゃないかと思っているんです。だから何かしら手掛かりはつかめるはずなんです」


 「はあ」

 イーナは曖昧に返事をする。

 ヘレナが正しいのかどうかはイーナにはわからなかったが、これといってイーナも良い案が思いつかなかったので、とりあえずヘレナに従うことにした。


 「それで、手掛かりがつかめるのがここです」

 ヘレナがイーナの背後を指さす。

 イーナが振り返ると、路地の角にひっそりと建つ酒場が見えた。


 「ここ?」

 明らかに二人で入るには度胸が要る場所だ。

 ほぼ朝のはずだが中にはそれなりの人数が入っている。


 「そうです、ここにいわゆる情報屋ってやつがいます。そこでブルクナーの手がかりが得られるのを狙ってるわけです」

 ヘレナはイーナに説明する。

 ヘレナはこの酒場の中に用があるというわけである。

 酒場に入った途端に常連客から鋭い視線が自分に刺さるのをイーナは想像した。

 躊躇するイーナとは裏腹に、ヘレナは堂々と中へ入っていく。

 イーナは一抹の不安を抱きながら中へ入っていった。

 

 酒場の中は奥にカウンター席と手前にテーブル席があり、それなりに広々とした作りになっている。

 来たタイミングの問題なのだろうか、従業員は見当たらなかった。

 昼前にもかかわらずそれなりに客は入っている。

 多くが一人客で、発泡酒と一緒にソーセージを茹でたものに焼いた卵を添えたような、簡単な食事を食べていた。

 酒だけを飲むというよりかは、酒場兼軽食の店といった感じだろうか。

 イーナが懸念した鋭い視線というのはほとんど来なかった。

 というのも、ヘレナと情報屋の会話で大体は吸収してくれたからである。


 ヘレナは正方形の形をしたテーブルの間を抜けて、カウンター席へとまっすぐ歩いてゆき、ある女の横に座る。

 「あれ、四ツ窓貴族の人なんて初めて見たよ」

 彼女はとぼけたような口調で言う。

 彼女の前には酒がしっかりと置かれている。遅めの朝食などではなく、がっつり飲んでる種類の人間だ。


 「前も一度お願いしたことがあったかと思いますよ」

 ヘレナが懐から銀貨を数枚取り出してカウンターに置く。


 「記憶にないな、都合の悪いことはすぐ忘れるのが信条だから」

 あっけからんとした口調で彼女は言う。

 

 「情報屋がそれ言うんですね…」

 ヘレナは苦笑する。


 「私は情報屋みたいな大層なものじゃないよ、ここに一日中座っていて、勝手に耳に入ってきたことを提供しているだけだよ。情報屋ってのは城壁の内側で文書をのぞいたりしてるやつらのことさ。私の仕事といったら、ただ酒を飲むことくらいなものだよ」

 

 「で、どんな話が聞きたい?今日は前と違ってお連れの人もいるみたいだけど」

 酒飲みは酒をぐびりと飲んで訊いた。


 「やっぱり覚えてたんじゃないですか…」

 ヘレナはぼそりとつぶやいた。

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