第22話 逃亡者
「朝起きて驚いたよ。二人でトヴィストブルクまで出かけていたそうじゃないか」
玄関ドアを開けたマンフレッドは、ヘレナとイーナを家に迎え入れながら言う。
かなりの朝寝坊である彼は、二人が出発した後に起きてきて、使用人からそのことを聞いたのだろう。
「エドラー家の人間に呼ばれたんですよ」
イーナが少し疲れた調子で言う。
「夕食の準備はもうできていますか?」
イーナはかなり空腹だった。
乗馬も長時間ともなれば大して楽ではない、クッキーだけではやはり足りなかったとイーナは思う。
「ちょうど今食べようと思っていたところだ。早く食べよう」
マンフレッド邸に帰って早々にヘレナとイーナは夕食の席についた。
ことの次第を聞いたマンフレッドは静かに笑う。
「面倒ごとではなくて何よりだ、これで少しは騒動もひと段落するんじゃないか?」
「だといいですけど」
イーナはスープを飲みながら言った。
「ただ、遠出の予定があれば私にも直接、なるべく早めに伝えてくれ、といっても、今回は急だから仕方ないが」
「はい、そうします」
ヘレナは相変わらずよく食べている。
トヴィストブルクで昼にあんなに食べたのに、夕食をぺろりと平らげている。
「それじゃ早速、明日の予定でも聞いておこうか、別に私としては一日中家にいても構わないのだが、その任務ではそうもいかないだろう?」
ユーリア・ブルクナーを探す、ということは決まっていたが、具体的にはどこを探すというところまではイーナは考えていなかった。
とはいえ、帝都の部隊で行方不明になったということは、時間が相当経っていない限り、帝都の周辺にいると考えるのが妥当だ。
「まあ、帝都から出ることはな…」
「壁外地区に行こうかと思います!」
イーナが答えようとするや否や、ヘレナが間に入って答える。
イーナはヘレナからそんなことは一言も聞いていない。
「へ…壁外地区⁈聞いてないよ、そもそもどうしてブルクナーを探すために城壁の外に出る必要があるの?」
「とりあえず明日は自分についてきてください、いいこと考えつきましたから」
ヘレナはにやりと笑った。
翌日の朝、ヘレナとイーナは帝都の街を歩いていた。
壁外へ向かっているのである。
マンフレッド邸は帝都の中でも東寄りに位置するため、壁外地区には歩いて行ける距離にある。
トヴィストブルクには二階から三階建てくらいの低い建物が目立ったが、改めて帝都の街を見てみると、帝都では四階建てくらいの建物も多く、それに突き出す尖塔もたくさんあるようにイーナは感じた。
それも、帝都が壁に囲われている都合上、土地の余裕がなく、反対にトヴィストブルクは土地がまだあるためだとイーナは解釈した。
「フリッツはブルクナーの子を『行方不明』で『本人が見つからないからこそ』部隊に配属できた、って言ったじゃないですか」
ヘレナがおもむろに口を開く。
「そうだね」
イーナは静かに肯定した。
「トヴィストブルクから帰る途中に、その言葉の意味をいろいろ考えてみたんです。普通、軍の部隊から人が行方不明になるなんてことはあってはいけないことです。それが本人の意思があろうがなかろうが、です。本人の意志ではなかったら、軍人の誘拐という一大事になりますし、本人の意志でやったことなら、逃亡罪ということで、それこそイーナのいう囚人大隊送りになりかねません」
ヘレナは歩きながら話を続ける。
「そしてフリッツは、『本人が見つからないからこそ』とも言っている。言い方から察するに、ブルクナー家の軍はそこらじゅうを探し回っても見つからず、だからエドラー家に籍を移させたってことになります。随分変な論理展開です」
「確かに」
ヘレナのいう通りおかしな話だとイーナも思う。
「まるで…」
イーナが考え込んでつぶやく。
「まるで…行方不明になったのを隠そうとしているみたいですよね」
ヘレナの言葉にイーナがうなずく。
「ブルクナー家は家の内外に人が消えたことを知られたくない。だからエドラー家に籍を移したことにして誤魔化したいってことかな」
「恐らくそういうことになると思います。この動機が本当だとしたら、本人の意思にかかわらず連れ去られたというよりかは、軍から逃亡した可能性のほうが高いかもしれないです。もしさらわれたなら適当な状況をつけて大規模に出兵したほうが簡単ですからね」
「それじゃ、私たちはあのブルクナーが見つけられなかった人間を探すってことになるよね、骨の折れる仕事になりそうな感じかな」
「だから、壁外へ行くんですよ!」
ヘレナが声を大きくして言う。
「ブルクナーと言ったら対ナトゥア偵察・索敵のプロです。それでも見つけられなかったということは、通常の手段は通用しないってことですよ。となれば、少し怪しい方法くらいも試す価値はあります。それが壁外なんです」
「壁外に行けば、逃亡者の手掛かりがつかめるってこと…?」
イーナは首をかしげる。
「確証は持てませんが、可能性はあります。国の暗部の情報網をなめない方がいいですよ」
ヘレナは知った人間のような口ぶりで話した。
そうこうしているうちに城壁の門まで二人はたどり着いてしまった。
今日も朝から長蛇の列が門の前にできているが、二人はスムーズに通り抜ける。
「帝都の外へ出るなら、ここの検査を通り抜ける必要がありますが、まあブルクナーならこの程度、どうにでもなります」
ヘレナは適当に言い放つ。
帝国で屈指の厳重さを誇る検査をそうやすやすと抜けられるものか、とイーナは思うが、それはあくまで一般人の話で、「窓持ち」ならできないこともなさそうなので特に口は挟まなかった。
城門をくぐりぬけると、トヴィストブルクや帝都ではまず見ない、混沌そのものの風景が広がっていた。
「木を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中です!逃亡者が雑多な街の中で潜伏してるなんて、いかにもありそうな話じゃないですか!時間はあるんです、ゆっくり探していきましょう!」
ヘレナはいつになく楽しそうに壁外地区へ足を踏み出していく。
マンフレッド夫妻は貴族としては異端だと思うイーナだが、ヘレナも異端ではないかとイーナは思い始めた。
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