第21話 トヴィストブルク
「これについては申し訳ない、と言うほかはないのだが、この計画を思いついて2日も経っていない。もちろん暫定的ながら人員は確保はしているが、少々問題がある。細かく説明させていただきたい」
フリッツは少し渋い顔をして、イーナをなだめる。
「まず部隊についてだ。規模は小隊以下で、イーナ君を指揮官としたい。イーナ君は他の連隊や大隊との連携を円滑に行うため、中佐相当の権限を与える。構成人員はヴルカーンハウゼン家のイーナ君に加えてエドラー家のヘレナ、ブルクナー家を予定しているが、目途が立ち次第リンデンベルク家も編成に加えることを検討している」
フリッツはため息を一つつく。
「そこで問題なのがブルクナーだ。ブルクナー家からは人員の提供の許可は取れているのだが、肝心の本人が見つからない。逆に本人が見つからないからこそ許可が下りたとも言えるわけなんだが──」
「というと?」
「ユーリア・ブルクナーといって、額縁の扱いはかなり強い部類に入るんだが、少し前から所属する帝都の部隊で行方不明になっているそうだ」
「行方不明?」
「ああ。行方不明だ。それ以上の情報はブルクナーからもらっていない。時間はかかっても問題ないから、見つけていただきたい」
「部隊の名前とかってないんですか?」
ヘレナが急に質問をする。
実にヘレナらしい質問だとイーナは思う。
格好の良い名前でないと不満を表しそうだが。
「部隊の名前か…そういえば考えたことがなかったな」
しばらくフリッツは考え込んで、口を開く。
「その場での思いつきだが、戦況を打開する意味を込めて、ドゥルヒブルフ部隊なんてのはどうだろうか」
イーナはヘレナのほうをちらりと見る。
ヘレナは満足そうにうなずいていた。
「ありがとうございます、素晴らしい名前です」
どうやらヘレナの命名センスは遺伝のようだった。
そんなこんなでフリッツはもう一度イーナに礼を言って、その日の昼食会は終わった。
「話すことが多すぎて、全然昼食どころじゃなかった…」
エドラーの屋敷を出て、街中の馬上でイーナはため息をつく。
目の前にごちそうがあるのに食べられないことほどひどいことはない。
「それなら!お土産もらったんで食べられますよ!」
ヘレナは小包を取り出して、イーナにぽんと投げ渡した。
いつの間に貰っていたんだか、と思いながらイーナは小包を開く。
中身は果実などが入ったクッキーだった。
「これ、まだ温かいんだね」
「本家は菓子職人も抱えてますからねえ、その場で作りたてを渡してるんですよ、多分」
イーナは一つクッキーをかじる。
まだ焼いてから時間が経っていないため、まだやわらかい。
「それじゃ足りませんよね、どこかに寄ります?」
ヘレナは少し心配そうに聞く。
「いや、いいよ。これなら食べながら帰れる、帰りがてら街を観光しよう」
ヘレナは懐中時計を確認して、うなずいた。
「確かに思ったよりも時間がかかりましたね、帰りながら、ですかね」
二人は馬に乗って湖畔の道を進む。
「この街、湖に面してて綺麗だと思いません?」
ヘレナがイーナに話しかける。
太陽は中天を過ぎて、傾き始めていた。
「いいところだと思うよ」
イーナは湖を見ながら答える。
いくつもの桟橋があり、船がたくさん泊まっていた。
「もう少し時間が経つと夕日が湖に沈んでとてもいい風景なんですけど、今日はお預けですね。実はいい風景なだけじゃなくて、防衛的にもいいんですよ」
「湖があるから西からのナトゥアが攻撃しづらいということかな」
ナトゥアは基本的に泳いで攻めてくることはない。
泳がないわけではないが、陸上に比べて格段に弱くなるので、取るに足らない敵となるだろう。
「ご名答です!見通しもいいのでナトゥアを発見しやすく、湖沿いに攻めてくるナトゥアに対してはこちらが船に乗って後ろに回り込み、挟み撃ちにすることもできます」
「じゃあ問題は側面の防衛ということかな」
「そうなんです!この弱点を補うために、この都市の南北、東には要塞がいくつか配置されています。東にはすぐ帝都があるので、主な的の侵攻経路は南北に限られることになります。ここを重点的に守れるようになってるわけです」
「トヴィストブルクに詳しいんだね」
イーナがクッキーを食べながら感心したように言う。
「一応エドラーの人間なので…」
イーナがヘレナを褒めると、ヘレナは照れたように答えた。
「都市自体にも工夫はあるのかな」
イーナは湖畔に立ち並ぶ建物群を見ながらつぶやく。
建物は壁こそ色とりどりの塗装がされているものの、屋根はみな赤茶色で統一されている。
「もちろんありますよ、例えば広めの道幅の道路です。たとえ市街地戦になったとしても、見通しが良い街であれば索敵が楽ですし、住民もより早く避難できます」
「ちょっと待って、都市内の交通の便を良くするためじゃなかったの?少なくとも私が昔読んだ本にはそう書いてあったけど…」
イーナがクッキーを飲み込んでから言う。
「大体の本とかは交通の便利さを目的に道幅を広くしているって書いてありますよね…多くの人は道を見てそう思うでしょうし、それも街としては大きな利点なんですけど、あくまで今言ったことの副作用で、この街は防衛を主眼において建設されているんです」
ヘレナが説明を続けていると、ちょうど目の前に湖へと流れ込む水路が見えてくる。
「あっ!この水路も色々考えられているんですよ」
ヘレナは馬を水路に沿って歩かせ始めた。
イーナもその後に続いていく。
「これはトヴィストブルクの北の川から水を引いたものですね!用水路として生活排水を流したり、物流の助けとなったりするほか、通常のものより幅を広くとってナトゥアが飛び越えられないようにしてます。市街地戦のときは橋を落とすだけで有効な防衛施設になるんです」
「そういえば、東側には城壁がないんだね」
水路に沿って進んでいるうちに、少しずつ建物はまばらになって、畑が目立ち始め、都市らしさを失い始めている。
「東側には帝都がありますからね、帝都がでかい城壁みたいなものなので要りません。それと、ナトゥアを防げるほどの厚みを持つ城壁は建てるのにお金も時間もたくさんかかりますし、都市の拡張を妨げます。帝都の壁外地区がいい例です。その分南北はかなり城壁がしっかりしてますよ、要塞群もありますし」
「城壁がないせいか、東側の都市の境界線はあいまいです、どちらにしろエドラー領なので特に決める必要がなく、はっきりさせていないっていうところですが」
ヘレナは水路をまたぐ橋を渡って話をしめる。
「トヴィストブルクの話はこんなところです!ほかにも細かいところは色々ありますが、とりあえず大きいところまで話しました。どうです?ヴルカーンハウゼン再建に役立ちそうですか?」
「とりあえず、防衛上の話で言えば、地の利を生かせってことはわかったよ。残念ながらヴルカーンハウゼンには川も湖もないからそのまま真似るってことはできないけどね。でも、都市の計画や整理、道路に関する話は参考になったよ」
「あとは自分が建築の能力を身に着けるだけなんだけどね」
イーナは食べ終わったクッキーの袋をたたみながらつぶやく。
「まあ、今はブルクナーの子を探すのが先ですかね、都市っていうのはほら、本来勝手にでもできるもんですから、最悪イーナが何もしなくても何とかなりますよ。長期的に見ればね」
(「長期的に」って、それこそ数十年単位じゃないかなあ)
イーナはヘレナのフォローになっていないフォローに困惑しつつも、ブルクナー探しが優先だということには同意した。
「それじゃ、用事も終わりましたし、さっさと帝都に帰っちゃいましょう」
ヘレナは少し馬の足を速めて、イーナの前へを追い抜いてゆく。
バウメルトから借りたこの馬をいつ返せばいいのだろうか。
そんなことを頭の片隅で悩みながら、イーナは帝都への帰途についた。
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