第7話 眺めのいい司令部
「ここが司令部ですね」
中央広場の中心部のひときわ大きなテントに連隊の司令部はあった。
テントの中は少々薄暗いものの、頭上にいくつか空いた穴から光が差しているため、本を読めるくらいには明るさはある。
「連隊長が、部下がよく見えるところにいたいとおっしゃったので、街で一番中心部のテントにしたんです」
街を占領したなら、建造物を接収して司令部をおくのが良いように思うが、どうやらそれは連隊長のご意向に添わなかったらしい。
「私は司令部付の人間だったので、主にここで職務の勉強とか、ちょっとした雑用とか、そんなことをしてました」
「連隊長は特に気にかけてくれて、短い間にいろんなことを教えてもらいましたね」
「おかげさまでかなりの文書が残ってるみたいだね」
テントの中にはこの辺りの周辺の地図などが張り出され、大小合わせて机がいくつか。
机の上にはうず高く紙が積み重なっていた。
司令部も設営の途中だったのだろう。
「文書なんですが、軍事機密や指令書の類いはほとんど失われてしまってるんです、そういうのは廃墟の中に保管したので」
「調査するのはここ最近の行動日誌と個人の日記とかだから、そういうのは大丈夫かな」
イーナは現場を適当に検分しながら言う。
「個人の日記までですか⁈数百人規模の連隊を2人でやるんですか⁈」
「うん、個人の日記は公的文書と比べて目線が違うから、案外見落とされがちな情報が記されたりするしね、昔、父がそう言ってたよ」
ヘレナは絶望の表情を浮かべる。
確かに文書としては膨大な量であることは間違いなく、効率的な作業が求められるとイーナは考えた。
「とりあえず、日記全員分、集めてこよっか」
イーナの背後で大きなため息が聞こえた。
「壮観、ですね……」
連隊全員分の日記を搬入し終えた司令部は、机からあふれて椅子の上にすら本が積まれており、作業空間などもはや無いに等しかった。
(父の書斎を思い出すなぁ)
イーナの父もまた、本に埋もれる生活をしていたものだった。
「日記には案外見落とされがちな情報が詰まっている」という言葉も、父のものだっただろうか。
「さっさと作業して、早く終わらせましょう、増援が来れば夜も寝られますし」
ヘレナは手ごろな手帳をめくり始める。確かに一時間弱の仮眠では足りない。
イーナはうなずいて答える。
「作業空間も少ないことだし、ヘレナが能力で文書を開いた状態でたくさん浮かして、一度に確認できるようにしようか」
「はい?」
「ヘレナが、本を開いたまま浮かせば」
「そんな繊細な動きは無理ですよ、室内のほぼ同じところで開いたままの本なんか保持できません」
ヘレナはイーナの言葉を遮ってまくしたてる。
「まあでもほら、物は試しというか、能力の練習も兼ねて、やってみても…」
「二つだけでまずはやらせてください。二つだけですよ」
イーナが少ししつこめに言うと、ヘレナはしぶしぶ了承した。
ヘレナは額縁を背中から抜き、額縁を両手で持つ。
イーナが地面に本を開いてセットすると、額縁は光り始め、本が少しずつ浮き始める。
やがてイーナの目線の高さで上がり、不安定ながらも静止した。
「すごいね、全然できてるよ」
イーナが本のページを一枚ぱらりとめくる。
「あっ」
2枚目に手を触れようとしたとき、にわかに本が飛び上がって、頭上のテントの布に衝突する。
同時に二つ目の本もバランスを崩して飛んでいき、テーブルの上の書類の山と衝突したうえ、椅子を倒してしまった。
「だから言ったじゃないですか!浮かしたものに予期しない力がかかると制御が効かなくなるって!」
司令部は惨憺たる光景だ。
机の上に積まれていた書類は散乱し、一応おおまかにまとめられていた文書は完璧にシャッフルされた。
椅子の上の本も床に倒れ、地面には足の踏み場もない。
ヘレナの顔からはもはや感情を読み取れなかった。
「無理なもんは、無理なんですよ…」
「……なんかごめんね」
二人は散乱した書類をどけてスペースを作り、地道に作業を開始することにした。
ひとまず連隊の公的文書、作戦行動を記した日誌を参照する。
日誌は連隊はもちろん、その下部組織である中隊と小隊の戦闘単位が持つ。
イーナは最も近くに転がっていた中隊の一つの日誌を開いた。
ヴルカーンハウゼンに着くまでの記録をイーナは流し読みする。
ナトゥアに関係する単語は一つもない。
目についた小隊の記録を読む。
こちらもやはり交戦記録はなく、設営の記録や装備品の破損など、事務的な記録のみにとどまっている。
その後もヘレナとともに次々と日誌を読んだが、ナトゥアとの交戦記録や、不審な点を記したものは一つもなかった。
日誌を読み終わるとすぐに、個人の日記を調査する作業に突入する。
個人の日記の内容はさまざまで、取り留めのないことをユーモアを交えて書いたもの、行動記録を単調にまとめただけのものなど、記述の形式は多岐にわたる。
ヘレナは日記の内容をみてだろうか、本に目を落としたまま時々笑いをこぼしたりしていた。
日記の確認作業に入ってからだいぶして、日記を読むヘレナが唐突に呟く。
「いまだに信じられないですね、昨日の戦闘のことが」
「そうだね」
イーナは静かに頷いた。
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