第6話 お茶会は塔の上で
四ツ窓の額縁の中には「部屋」と呼ばれる空間が広がっている。
空間の大きさ、内装は人によって異なるが、大抵寝室のような間取りになっている場合が多い。
出入りは額縁を通してのみ可能で、「部屋」に扉は一切ない。
「部屋」から額縁を通して外の世界を見ると、まるで窓から景色を眺めているような気分になる。これが四ツ窓の由来といわれる。
「――いい部屋だね」
「本当ですか?ありがとうございます!」
ヘレナの「部屋」に入ったイーナはお世辞抜きでそう思った。
「部屋」は、銀箔貼で繊細な植物文様が彫り上げられた彼女の額縁に合った内装となっている。
壁紙、調度品ともに銀色を多く用いているが、全体の印象は豪華というよりかはむしろ落ち着いていて上品な雰囲気があった。
家具などは一通り揃っており、デザインが統一されているほか、全体的に小柄なのが特徴だった。
広さはイーナのものよりも少し広いくらいで、丁度いい大きさに収まっている。
イーナの「部屋」は四ツ窓としては質素に見えるのと対照的に、ヘレナの「部屋」は貴族らしい装いができているとイーナは感じた。
ヘレナは暖炉の前の1人掛けソファをイーナに勧め、ローテーブルを前にしてイーナは座った。
「スペアミントでいいですか?」
イーナが頷くと、ヘレナはてきぱきと湯を沸かす準備を始めた。
「一つ聞いてもいい?」
「はい?」
暖炉の方を向いたままヘレナが答える。
「会議をきみの『部屋』でやるのは構わないんだけど、わざわざどうして塔の上でやるのかな?」
ヘレナの額縁は今、テントではなく塔の上に置かれている。
イーナのものもすぐ隣に置かれていた。
というのも、ヘレナはテントに戻って少しすると、
「どうせなら私の『部屋』でやりませんか?」などといい、わざわざ降りた塔をまた登って、像に額縁を立てかけ、「部屋」に案内されたためである。
昨日相当数のナトゥアを倒したから、当分の間は昼間の襲撃は心配ない。
塔の上で見張りをこれ以上する意味はあまりないとイーナは考えていた。
「眺めが良い方がいいじゃないですか、日も結構上がってきましたし」
ヘレナは「窓」の方をちらりと見た。
日の出からはもう二時間弱が経とうとしている。
深夜からの戦闘により、ヴルカーンハウゼン市街は消滅した。
唯一残る建造物である街の建設者の像を載せた塔の展望を遮るものはもう何もない。
「……気分ってことね、うん、本題に入ろう」
「まず問題なのが、これから私たちがどうするべきかということ」
「このままヴルカーンハウゼンを防衛し続けるか、撤退するか……ですか」
ヘレナもローテーブルをはさんで反対側のソファに座った。
「そう、昨夜あれだけの物量のナトゥアが来て、そのうえ異常な戦いを強いられたことを考えると、撤退も視野に入れなければならなくなった」
ヴルカーンハウゼンのほとんどを消失し、なんとか気候が味方となって生き延びたような戦いである。
単独の相手にヘレナをおとりにするような戦術を選択するナトゥアは注意深く、周到に戦うに違いなかった。
次も勝てるという保証は全くない、いや、ほぼ確実に死ぬだろう。
「かといって撤退するにしても、私の足の問題があるんですよね……」
ヘレナは自分の足首の様子をみる。
この程度のナトゥアの怪我なら、長くても二日短いと一日足らずで完治する。
ヘレナの場合は重要な器官も損傷していないため、治ればすぐ動けるだろう。
しかし、現状ではまだ歩くことに支障があり、「灰色の森」を抜けるには無理があると考えられた。
「防衛するなら、やはり増援――後方の帝都方面か、最前線からの引き抜きが必要かな…」
イーナはソファのひじ掛けに頬杖をしながら呟いた。
「あっ!それならいいものが――」
ヘレナが口を開いたその瞬間、「窓」を通って凄まじい勢いで何かが飛び込んできた。
入ってきた「それ」は風を起こしながら超スピードでヘレナの「部屋」をぐるぐる回る。
「ほら!待って!ぶわっ!」
「それ」はヘレナにも手が負えないようで、右往左往としているうちに危うく衝突しかけた。
しばらくの間飛翔体は縦横無尽に「部屋」を駆け巡ると、イーナが座るソファの背もたれに着地する。正体は伝書鳩だった。
「すみません、いつもこうなんです」
さしたる意味もなく首をかしげる鳩を両腕で抱えながらヘレナは言う。
ヘレナは鳩の足から文書を取り外し、しばし鳩と格闘したのち、「部屋」の隅にある籠に入れた。
「高いところのほうが目立つからいいんです、鳩は額縁めがけて飛んでくるので」
ヘレナは淹れたミントティーを運んできて、ソファに座って丸めた文書を広げる。
「なるほど、塔に上って伝書鳩を待ってたってことね」
「そうです!この子はとても優秀で、移動鳩という……」
「わかったわかった、エドラーの鳩の話は十分有名だから、本題に戻ろうね」
ヘレナは少し口を尖らせたように見えたが、すぐに小さい紙を指で押さえながら内容を話し始めた。
「トヴィストブルクの屋敷からです」
トヴィストブルクはエドラー領の首都ともいえる街である。
エドラー家の人間によって建設された、比較的新しい街だというが、イーナは行ったことがなかった。
「ヴルカーンハウゼンからの救援要請に対し、帝都に報告。異状ないか哨戒を続け、生存者を捜索すること。前線の部隊に連絡し一部引き抜き増援とし、至急派遣する。順当にいけば増援は本日夕方までは到着すると思われる…だそうです!」
「よし、なら引き続きここに留まれるね」
イーナはミントティーに口をつけた。
鼻からすっきりとしたにおいが抜けて、寝不足の体に染み渡る。
「はい!前線部隊のトップはエドラー家の人間なので、問題なく来てくれると思います」
とはいえ、まだ問題は残っている。ナトゥアの異変についてだ。
「それじゃ、ナトゥアの異変について考えようか」
「ヘレナはここに来るまでに異常を感じたことはない?」
ヘレナは口元に近づけたティーカップを一度ひざまで下ろして、少々考え込む。
「いや、なかったと思います。ただ単純に初任務で気づかなかっただけかもしれませんけど」
数百人規模の連隊が移動するとなれば、通常はほぼ必ずといっていいほど小規模なナトゥアとの戦闘が発生するはずだ。
たとえ占領した地域といえどナトゥアは散発的に襲撃を行うことが多い。
「進軍中もナトゥアからの攻撃はなかったと?」
ヘレナはミントティーを飲みながら首を振った。
確かにイーナがここまで来るときも、ナトゥアからの攻撃は一切なかった。
果たして偶然だろうか。
「そっか、なら司令部あたりを漁るかな」
イーナは飲み終わったティーカップを静かに置く。
ここでのナトゥアの動きは明らかにおかしい。
300年もの間変化しなかったナトゥアが異変を呈し始めている。
父はかつて、イーナにナトゥアに関する本を渡してこう言った。
「そこまで興味があるなら、大きくなったら私の助手にでもなったらどうだ」と。
イーナは思う。
父の助手になれたとしたら、自分は今何ができるだろうかと。
司令部をはじめ連隊で異変を感じたものはいないか、調べてみて、見つけてみたい。
イーナは強くそう思った。
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