第5話 灰とともに降る
完全に嵌められた。
こちら二人が二十数頭のナトゥアに釘付けになっている間に、距離を詰められ、包囲されていた。
「ヘレナ、奴らの動きは抑えられない?」
イーナは素早く状況を確認しながら叫ぶ。
「全部は無理です!姿が見えないうえに数が多すぎます!」
「少佐が廃墟を一気に崩して敵を視認し、私を助けたときみたいに能力使って早く倒してください!」
ヘレナは塔の上の像の周りを半周回って叫ぶ。
「駄目だ、そんなことしたら敵が広場に一斉になだれ込むよ」
ヘレナを助けた時のように、廃墟を崩し、残骸を成形し飛ばして攻撃する方法は、敵が多数かつその場から動きづらい状況において有効であるといえる。
しかし、攻撃するために廃墟を崩すということは、ナトゥアが侵入する道を与えることにもなる。
さらに言えば、廃墟を材料として攻撃するにしても、攻撃するまでには砂状になった建材を円錐形に加工し飛ばすという工程があり、数秒の時間を要する。
その間にもナトゥアは砂状の建材を次々と飲み込む。
このスピードで廃墟を消滅させるナトゥアの量では、攻撃の手段をも奪われかねない。
中央広場には外壁をあらかじめ建ててはあるが、あくまでも少数に対する足止めに過ぎず、なだれ込んだ大量のナトゥアにとっては無力に等しい。
とはいえ、額縁の力を使うには、目標を視認することが必須であり、現状では廃墟に隠れてナトゥアを視認できず、攻撃は不可能。
「でも、このままじゃ廃墟全部飲み込まれて、攻撃の手段も失うことになっちゃいます!」
ヘレナの言い分はもっともだ。
廃墟が奥から徐々に崩れていくのがみえる。
崩れた廃墟は残骸が残らない。
それは物体を変形させるというヴルカーンハウゼン家の能力の幅を狭めることを意味する。
どちらにしろもう勝ち目は薄い。
(敵の数、置かれている状況含めて手詰まり…かな…)
イーナは頭上を見上げる。
灰が降っている割には空は晴れていて、月と星が瞬くのがはっきりと見えた。
周囲の廃墟は静かに崩れていく。
ヴルカーンハウゼンという街は消えようとしていた。
「っつ!」
イーナの目に灰が入った。
鋭い痛みが走り、身体の防衛反応の表れとして涙が出てくる。
その瞬間、イーナの脳裏に父親の言葉がよみがえった。
灰を見たら思い出せ。
足下のラッパには早くも薄く灰が積もっている。
イーナは降り積もる灰を見て、一つの案を思いついた。
「少佐!廃墟の消滅も近いです!何か、何かしないと!」
ヘレナが松葉杖をつきながら、イーナに迫る。
イーナはヘレナに向き直って、口元で笑みを浮かべた。
「降ってきたよ、作戦が」
「え?」
イーナは肩に積もった灰を手に載せて見せる。
「灰だよ、ヘレナ。灰ならいくらでもある。灰をありったけ浮かして」
灰ならば軽いからヘレナでも多く浮かせられる。量も充分だ。
「わかりました!やってみます!」
ヘレナは突飛な指示に戸惑いつつも、額縁を光らせる。
自分の手のひらから、足下のラッパから、テントの屋根から、周囲のあらゆるところから灰が舞い上がり、上へ上へと向かう。
灰は大体塔の上の二人の頭上、銅像の頭部と同じくらいの位置で静止した。
「ええと、このあとどうするんですか?」
目を閉じて灰を浮かすことに集中するヘレナが訊く。
ありったけの力を込めているのだろう、光を放つ額縁を構える手は細かく震えていた。
「今から廃墟を崩して、その灰でまとめて倒す」
「全方位の大量のナトゥアを倒すのに、灰の量は足りるんですか?」
「わからないけど、やるしかないよ」
イーナはまっすぐ廃墟群を見据えながら答える。
「ただ、勝算はある。灰は意外にも尖ってて痛いから」
ヘレナが少し笑う。
「そうですね、灰、目に入って痛そうでしたもんね」
イーナは驚いた様子で目を逸らしたあと、気を取り直したかのように額縁を構えて、灰を成形し始める。
(鋭く、尖っていて、ありったけの量を全方位に、若干斜めに角度をつけて)
イーナは強くイメージしながら額縁を操作する。
浮いた灰が細かく寄り集まって、数千もあろうかと思われる円錐が生まれる。
イーナは目を開いてナトゥアの様子を観察する。
中央広場周囲の廃墟の消滅は着々と進み、広場に面した壁一つになりつつある。
廃墟の窓など、隙間からはすでにナトゥアと思しき黒い物体が見え隠れしていた。
「――じゃあ、いくよ」
「了解です」
ヘレナの返答と同時に残りの廃墟が一気に崩れ落ちて、砂状化する。
(まだ)
ナトゥアが砂状化した建材が地面に落ちるより早く「切り口」から飲み込む。
(まだ)
ナトゥアが廃墟を跡形もなく消し去って、中央広場外壁前へと躍り出る。
(まだ)
すべてのナトゥアが一気に中央広場の外壁に飛びつく。
(――今)
外壁の前の棘は勢いよく突きだされて最前列のナトゥアを貫くと同時に、塔の上の銅像を中心として円状外側に向いた円錐が放たれる。
円錐は凄まじいスピードで空を切ってナトゥアを貫通し地面に突き刺さる。
ヘレナは浮かせていた物体が消えるような感覚を覚えた瞬間に、円錐が地面に突き刺さる、不規則に金属が弾かれるような音を聞いた。
ヘレナが目を開くと、数百体以上はいるナトゥアが、中央広場の塔を囲むようにして息絶えていた。
「なるように…なった…」
イーナが周囲を確認して構えた額縁をおろす。
「今度ばかりはダメかと思っちゃいました…」
ヘレナは像の隣に座りこんだ。
二人は大きなため息をついたあと、呼吸を整える。
ほとんど中央広場だけになったヴルカーンハウゼンにしばらく静寂が訪れた。
「あの、戦闘してる途中でもずっと頭の片隅から離れなくて、邪魔だったことがあって」
少しして、ヘレナがイーナのほうに向きなおって切り出す。
「うん?」
イーナがヘレナの方をちらりと見た。
「今さっき撃ったのみたいな、細かいのを飛ばすのって、何か戦術名なりコードネームなり…ないんですか?いちいち意思疎通が面倒で」
「敵に囲まれたときに自分で編み出したものだから、特に名前は決めてなかったかな」
追いつめられていたときになんとどうでもいいことを考えていたんだか。
イーナはヘレナの内心に困惑した。
「じゃあ私の案として…『シュレーゲムジーク』なんてどうですか?今思いついたんですけど、だいぶ短くて便利ですよ」
古い言葉で「斜めの音楽」を意味する言葉である。
「たぶん斜めに飛ばした円錐がたくさん音を出すところからとったんだろうけど、なんというか、少し趣味の悪い名づけ方だね…」
「軍の命名なんてみんなそんな感じですよ、それで『らしさ』が出るんです!」
「は、はあ」
ヘレナはイーナの批判が全く耳に入っていない。
どうやらイーナに戦術の命名権はないようだった。
「まあ、好きなように呼んだらいいよ、私は先に下に降りてる」
イーナはあきらめたように少し笑うと、塔を梯子で下っていく。
戦闘での興奮がまだ冷めてないからか、はたまた大量の敵を倒し、生き残った安心感からか、イーナはここ最近の澱んだ気分が晴れたような気がした。
「私も下ります」
イーナは片足で軽快に梯子を下りる。
空から降る灰はもう止みつつあった。
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