運命の糸、絡まる

 また時が過ぎた。


「ねえ、ただで揉みたくない?」

 唐突に女の子が言う。

「え?」

「だからただで。あたしのおっぱい、揉みたくない?」

「今はそんな気分じゃ無いな」

「どうして?」

「君が人間らしく話しかけてくれるから」

「は?」

「それだけで僕は十分なんだ。ずっと人間らしく扱われてこなかったから、それだけで僕は十分なんだよ」

「でもあたしは揉まれたいな。揉まれてないと不安に感じちゃう」

「じゃあ、揉もう」

 僕はおっぱいを揉む。女の子が言った。

「あ、おちんちん立ってる」

「ああ、自分でもびっくりだ」

「ねえ、おちんちん、なでてあげる」

「ありがとう。そうしてくれると嬉しい」

 女の子は勃起したおちんちんを優しくなでて……僕はおっぱいを揉む。やがて脊髄の根っこがしびれるような感覚と心地よい射精感。

 ……。

 ……。

 そこで目が覚めた。夢精していた。無様にも。三次元の、しかも夢で。あまりにも僕の欲望を体現した夢で。舌を切って死にたくなった。都合の良い物語に腹立ちはしないか?


 ……死にたい。あまりにも。まあ死についてはよく唐突に思うのだが。思えば僕の心は壊れていつまで経っても直らないし、誰も夢のようには僕を助けてはくれない。最近は今貰っている年金額が引き下げられたらどうしようという不安しかない。未来に希望が見えない。僕は孤独で寂しくて、馬鹿な男だった。以前、何度か真剣に働こうと試みたが、そのたびに失敗したことを思い出す。心がもう、腐ってしまっているのだ。日に八時間仕事をこなすのが苦痛で苦痛で仕方なかった。入ったはずの会社はすぐに辞め、新しい会社にまた入り、そんな感じで僕は仕事を転々とし、最後には僕はどこからも雇われなくなった。吐きそうだ。自分の惰弱さに。世界って、こんなに厳しかったんだ。生きるって、こんなにつらかったんだ。


 けれども結局死ねずにいて。呼吸は止むことは無く、鼓動も止まることなく血を全身に送り続けている。僕は生と言う地獄に国から金を奪いながら留まっている。いや安穏か。よくわからない。夢精の後始末と頓服をたくさん使ったせいか、ひどく眠かった。



 生きてる。

 ……生きてる。

 ……。生き、てる。呻くように。

 生きることに意味はあると思う。

 子をなすことに意味はあると思う。

 文明に意義はあると思う。

 

 だからなんだ。くだらない。

 僕はそれのどれにも携われていない気がする。

 思考は果てしなく脈絡無く続き宇宙の終わりと命の原罪にまで及んだ。無意味だけど。

 小説も書かずにぼんやりと考える日々は続く。無意味な日々だ。

 オナニーもせずに考え続ける。虚無だ。

 そしてそんなことを続けているとちょうど期日になり機械的に障害年金がぽんと僕の口座に振り込まれた。夢精した日からからかなりの月日が経っていたし金を下ろしがてら風俗でも行くか。僕は決心して重い腰を上げる。


 シャワーを浴び、可能な限りの清潔感を出して外へ。

 僕が生き死にについて考えているうちに街はすこしずつ変わっていったようだ。繁華街を歩いているとおっパブなる物もできるようになった。おっパブ。おっぱいパブ。要はおっぱいを揉むだけの店らしい。いつものピンサロではなく今日はそこへ行こう。僕は階段をそっと上る。


「あれ? もしかしてピンサロに来てたおじさん?」

 受付で金を払い広い店内で僕に声をかけてきたのは、三度目の正直かピンサロで二度ほどおっぱいを揉んでいたあの女の子だった。カチューシャにウサギ耳。それと白いファーの付いた黒いビキニを着ている。メイドかバニーかその中間と言ったあたりの、風俗ではよく見かける半端な服装だ。まあそれはいい。問題はピンサロに勤めていたはずの女の子がここにいることだ。

「どうしてここに?」

 僕は思わず尋ねる。

「それはこっちの話よ。でもま、そのうち来るんじゃないかとは思っていたけど」

「それって、どういう?」

「おじさんおっぱい揉むの好きでしょ? だからいずれおっパブに来るんじゃないかって思ってたってだけ」

「……なるほど。君はどうしてあそこから転職したんだい」

「んー、あたしとしては転職したつもりはないんだけど。ま、ぶっちゃけて言うとおっさんのチンコしゃぶるよりはぜんぜん良いかなと思って。それと」

「それと?」

「おじさんがおっぱいを褒めてくれたから、ね。自信持っちゃって。ありがと」

「そう……」

 突然の謝意だったが僕はそれをこんな風に受け流してしまう。女の子も気にした様子もなく言葉を続ける。

「まあ前から自分のおっぱいには自信あったけど。褒めてくれたのはおじさんぐらいだったから。お礼と言っては何だけど指名料無しで揉ませてあげる。いちおうこの店ではNO.1だよ。どうする?」

「ナンバーワン……。すごいね。ならそうしよう」

 僕は指定された席に座り、その膝の上に女の子は乗った。女の子はファーの付いたブラを外しおっぱいを見せつけるように広げる。

「どうぞ」

 言われて僕ははそれにしなだれかかった。おっぱいに包まれる感触。そして堅い肋骨の奥から若い鼓動のいい音が聞こえる。しばらくそうしていると女の子から声をかけられた。

「おっぱい、揉んで」

「ああ。そうする」

 僕は胸から体を離し指で心持ち大きくなった乳房をこねくり回しはじめた。

「少し懐かしい」

「そう、私も少し懐かしい、かも」

 僕が言うと彼女もそう答えてくれた。

 ひとしきり揉み終え、時間になった。

「延長する?」

「これ以上お金無いから無理だな」

 正直、前払い制のピンサロよりも高くついた。おっパブ恐るべし。女の子が酒をおかわりするたびに支払いは貯まっていき僕の肝は冷えた。おかげでおっぱいを揉むことに集中できなかった。次からはつつましくピンサロにしよう。そう強く思う。けれど女の子は損なことに気づいた様子も無い。

「じゃあ、今カード渡すね」

「別に……」

「いいからいいから。サービス」

 女の子はカードにカラフルなボールペンでカードに何やらを書き始める。僕はそれをぼんやり手持ちぶさたで待っていた。

「はい、これ」

「ありがとう」

 渡されたカードをろくに見もせず受け取り財布にしまう。すると女の子はこっそり耳打ちしてきた。

「今日中に裏面も見てね」

「え? ああ」

 僕はしどろもどろにそういう言うと女の子に見送られおっパブを後にした。

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