残日
陋巷の一翁
乳房と日常
乳房。果実のようなそれ。丸くて柔くて、少しだけ暖かい。少女にしては肥大したそれを僕はもてあそんでいる。握る。掴む。振るわす。絞る。先端の色の濁った突起を指の腹でなぞる。楽しい。それだけですごく心が癒やされていく。少女は何事も言わずされるままを許してくれている。対価として金を払っているからだ。安くは無い金を。けれどいまはそれを忘れて乳房にのめり込む。ああ、乳房、乳房! なんて柔らかく、そうして暖かい。ぎゅっと指を沈み込ませるとわずかに心音を伝えてくる。ああ、生きている。生きているものに触れるのは、本当に久しぶりで、僕はそのことだけで感動してしまう。涙が出そう。おっぱいをもんでいるだけで僕は涙が出そうです。鼻をすすり、どこかぐずりながらおっぱいをもむ。少女は不思議そうに僕のことを見下ろしている。そんな目線に気づかないふりをして揉む。揉む。揉む。揉みしだく。ああ、ああ、おっぱい! いいおっぱいだ!
「もう、いいでしょ、おじさん、ねちっこくて疲れた」
「……ごめん」
唐突な言葉に興がそがれた。乳房の持ち主は乳房の柔らかさの万分の一も優しくない。僕は手を離しすまなそうに言う。実際僕はしかられた子供のような気分になっていた。
「はい、それじゃあおしまい。出てって」
少女は乳房をブラジャーの中にしまうと、乱雑に声をかけた。
「ああ」
こっちの着衣は乱れていない。立ち上がり、敷居で区切られたプレイルームを後にする。すると少女が不思議そうに声をかけた。
「勃起、してないんだ?」
「……ああ」
「ふうん、インポ?」
「かもね」
おっぱいは性器では無い。僕にとって安らぎをもたらす物で、性的興奮をもたらす物では無いと言いたかったが面倒だったので止めた。面倒な人間だと思われるよりはインポの汚名を甘んじて受ける方がましだ。それにどうせこの少女と二度と会うこともあるまい。僕は暗がりを歩きドアを抜け、風俗店から出た。外はまぶしい昼の底だった。
昼から風俗通いをする僕は仕事で心を壊した障害二級の年金受給者だ。それほど豊かでは無いが食費やいろいろを節約すればこうして安い風俗に通えるほどの余裕はある。まあそれもだいたい三ヶ月に一度ぐらいの頻度で、普段は年金受給者らしく慎ましい生活を送っている。
暇があれば文章を書く。荒唐無稽な小説を。小説家になりたいわけでは無かったが、何か世間とつながりが持ちたかった。無料のネットサイトに投稿するが特に反響は無い。どうせ自己満足だ。あまり気にしないようにしている。
精神科にも通っているが心は壊れたままだ。治る気配も無い。障害者支援センターに通って紙折りなどの軽作業もしてみたが、どうも自分には向かない。かといって軽作業以外で僕にできる仕事は無いようで、僕はそれは嫌で通わなくなってしまった。今は一人だ。孤独ではある。けれども人とつながりが持てない。酒も好きだったけど止めてしまった。こんなことがあったからだ。小説家志望らしく、文章仕立てにしてある。ひどい文章だが転載してみよう。
……。
孤独に俺は酔っていた。一人でいることに慣れすぎて、かといって誰かと一緒にいるには心が弱すぎた。一人酒をあおる。テレビもつけずに。窓も閉ざして。自分が身じろぎする以外には全くの無音。音楽は俺を腹立たしくさせた。それか心をざわざわ浮つかせた。自分が自分では無くなる気がした。それは実際のところアルコールのせいなのに。酒のせいには最後までしなかった。酒は静かだった。孤独だった。つまり、俺だったのだ! 最後にそれに気づいたとき、ひどくひどく俺は悲しくなった。酒すら憎くなった。つまり何もかもに耐えられなくなった。俺の心は潰えた。死を夢想した。しかし死はあまりにも恐ろしかった。向き合うことすらできなかった。だからなんとか生きている。死んでないという一点では俺はなんとか生きていると言えた。だが他人が見ればどうだろう。俺はすでに死んでるも同然では無いか? だからこの文を書いている。せかされるように書いている。生きている証に書いている! 俺は生きている。死んでしまえと思うかも知れないが、俺はうまくやり抜いている。こそ泥のように国から金を盗み、それを平然と使い、虫けらのように生きている。まあこんな俺でもいつかあんたを感動させる話を書くかも知れないな。それともやっぱりできないか。まあできなくても期待する方が間違いだ。笑って忘れてくれ。笑ってクソして、忘れてくれ。
……。
この間書いた文章だ。酒が飲めなくなった理由を書いている。投稿は趣味だがこの文章はどこにも投稿はしていない。さすがにこの間の抜けたゴミみたいな文章を投稿することはためらわれた。不快を催すだけの文章は僕自身嫌いだった。明るい話が書きたい。けれど、最近は暗い話ばっかり思い浮かぶ。みんなに喜ばれるような荒唐無稽な話が書けなくなってきている。衰えを感じる。
そもそも物語を読めなくなってきているのだ。なにをしても吐き気がついて回るようになってしまった。ネットでは、それはあるいはリアルでもそうかも知れないが、新しい、サイセンタンの物語を読んでそれを消化し、再構成させてさらに先へ進むのが今の潮流だ。つまり作品を書くには新しい物語を読んで勉強しなくてはいけない。それができないでいる。
ただ僕は人を喜ばせたいのに。楽しませたいのに。それがひどく難しく感じられるようになってしまった。ああ、つらい。おっぱいが揉みたい。けれどもうお金に余裕は無い。ひもじい思いで、僕は食費を削り、眠り、書けない文章をこねくり回す。
三ヶ月、かなりひもじい思いをしてなんとかピンサロへ行く金を貯めた。指名はしないので僕の相手をする女の子はいつも変わるのが常だったが、今回は前回と同じ少女――いや女の子をあてがわれた。そして奇特なことに僕のことを女の子は覚えてくれていた。おっぱいしか揉まない客だ。変わり者と言うことで覚えていてくれたのかも知れない。ああ、お客さん、おっぱいねと言わんばかりに無言でサイズの合わないセーラー服を脱ぎ上半身をはだけてくれた。僕は失礼して乳房を揉み、いつものようにこねくりまわす。
「そんなにおっぱいがもみたいならメス猫でも飼えば良いのに」
一心不乱におっぱいを揉んでいるとそんな声をかけられた。
「マンション、ペット禁止なんだ」
僕は答える。
「隠れて飼えば?」
「そんな度胸は無い」
「あたしのおっぱいはもめるのに?」
「君にお金は払っているよ」
「そうね」
「……」
「もう時間。やめてくれる?」
「ああ、いいおっぱい、いつもありがとう」
そううわべだけの謝辞を言って僕たちは別れた。おっぱいに感謝はしたかったが、この女の子そのものには謝辞は言いたくは無かった。
「ふう……」
風俗帰りの一人の部屋。僕はぼんやりとオナニーをしている。精神の病気のせいでなかなか達しない。おかずはさっきのおっぱいの大きな女の子では無く二次元の変身ヒロイン。僕は正義のヒロインが悪漢に逆転されてヤられるのが好きだった。あと触手。ふたなりもいける。触手に捕らわれてチンポからびゅーびゅー精子をださせられるヒロインとなれば大好物だった。僕にとって三次元と二次元のエロは違っていて、二次元は完全なるおかず、三次元はむしろ敬して遠ざける物だった。つまり三次元では抜けないのだ。それでもおっぱいは恋しい。それはたぶんエロスとかそういった物では無くて、優しさとか柔らかさとか、ぬくもりとか、エロスよりももっと気恥ずかしい自分の欠落を埋め合わせてくれる物だった。
そんなことを思っている内に萎えた。僕は二次元のもたらす実務的で実用的なエロスに集中する。……。……。……。でた。
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