第2話 土井中村の殺人

本作は若い人には理解できないかもしれませんが、古代技術の村で起こった事件だとお考えください。

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「わぁ!すごく良い所ですね!」

 見渡す限りの山々。家は茅葺きの屋根にトタンさえも使われていない純粋な木造。

 田圃と牛が牧歌的な雰囲気を残している土井中村は最近まで話題にもならなかった。

 それが注目されたのは、最近まで明治時代の生活様式をそのまま受け継いでいたからである。


 電話は村に一つだけ。

 電灯は存在せず、ロウソクに火を付けたり提灯を使う。

 農業は全て人間と家畜による作業。


 まさに明治時代のまま現在までやってきた村である。

 主要産業は農業だが、平均年齢が低く年金をもらう前に住民は天寿を全うするため生活水準は戦前並で、最近までテレビすら存在しなかった。

 学校の教員は世襲性で中学校と小学校は同じ校舎で学んでおり、卒業と同時に農業を手伝っていく。高校に進学する資金がないためだ。まさに極貧の農村というべき土田舎…もとい土井中村だが、「ぽつん●一軒家」などの番組に触発されて日本の辺境を調べた人間によってSNSで「古代の村があった」というタイトルの元、急に話題となった。

 村は急なバブルに沸き上がり、都会の喧噪に疲れた珍しい物好きは癒しを求めてやってきたのだ。


 これから起こる惨劇も知らないで。


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 1;陸の孤島


 殺人鬼はこの日の為に計画を練っていた。


●余所からの来訪者が来て、自分にアリバイを証言する人間がいる事 

●自分の代わりに罪をなすりつけられる、あの忌々しい連れ子がいる事


 このふたつの条件がそろい次第、彼は事件を起こす予定だった。

 彼は村一番のインテリで、最新式の推理小説(横溝正史)を片手に緻密なトリックを考えていた。

 あとは、事故に見せかけて村のつり橋と、電話線を切るだけだ。

 そうすれば、この村は陸の孤島となる。

 そう考えた彼は外部との連絡を遮断した。

 それを発見した村人は慌て騒いだ。

「急いで駐在に電話を!」

「だめじゃ!誰かが電話線を切っててつながらん!」

「そんな!それじゃ助けを呼べないじゃないですか!」

 村人は口々に叫ぶ。


 橋が流され、情報も途絶した今、この村は完全な陸の孤島となった。


 さあ、これで殺人の舞台は完成だ。

 皆ふるえて眠るがいい。

 犯人が心中でほくそ笑んでいると。


「あ、もしもし?戸鳴村の役所ですか?」


 鬼気迫る村人の声の中で明るい声が響き渡る。

「ええ、土井中村で電話線とつり橋が落ちたみたいでして、復旧のためのロープを持ってきて頂けますか?」


 都会から来た余所者は手に持った板きれに何か話しかけている。

「あれは何じゃろうか?」

「さあ?かまぼこ板かのう?」

 ケータイやスマホを知らない村人は、都会人の奇行に首を傾げた。


「え?携帯持ってないんですか?」

「携帯?」

「ウッソー!マジヤバー!」

 都会人が騒ぎ出す。


 説明しよう!携帯電話が普及したのは1990年前半からである。

 はじめは一台100万円という高価な代物だったが、その後技術の進歩と大量生産であっと言う間に広まった。

 これにより『電話線が切れたので電話が通じない』という、古き良き推理小説の舞台設定は絶滅し、使用できなくなってしまったのである。


「………き、聞いてないぞ。そんな便利な道具があるなんて」

 村一番の秀才であった犯人は予想外のひみつ道具に『そんなのありか』と思った。


 こうして、村の平和は守られた。

 ありがとう。携帯電話。

 犯人?どうでもいいじゃないですか。未遂だし。


 完

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