04●イワノフスカヤ村の謎(4):村を焼いた真犯人は……どこのドイツだ?

04●イワノフスカヤ村の謎(4):村を焼いた真犯人は……どこのドイツだ?






 引き続き、“焦土作戦”の謎。

 イワノフスカヤ村を焼いたのは誰なのか?


 “焦土作戦”を実施したのは、間違いなくイリーナの部隊です。

 作品中に、そう書いてあります。(P40-41)

 しかし……


 ここで謎の証言者が登壇。

 主人公セラフィマの仇敵である、ドイツ軍の狙撃兵です。

 第一章でイワノフスカヤ村を襲った隊にいた男。

 ネタバレ防止のため、H氏としましょう。

 二つのセリフがあります。


「景気づけに村を焼いて」(P425の4行目)

「彼女の故郷を、俺と一緒にいた隊が焼いた」(P427の14行目)


 なんと、下手人が自白してしまいました。

 村を焼いたのは、我々、ドイツ軍の一隊だったのだ、と。


 これはH氏の妄想や思い込みではなく、当初から“村を焼く”つもりの計画的犯行であったことが、P425の4行目前後の彼の“言い訳がましいセリフ”からわかります。


 まさか……なのですが、この場面でH氏がウソをつく理由はなく、また、「景気づけに村を焼いて」のセリフを聞いたセラフィマも“この出まかせのウソツキ!”と怒ることなく、H氏の言葉を受けています。そこに驚きも否定もないのです。


 と言うことは……


 イワノフスカヤ村を焼いたのは、ドイツ軍!


 ……作者様、何卒もうご勘弁くだせえ……と、チョイ泣きっ面の私です。

 謎はますます深まるばかり、混迷の一途です。

 村に放火した真犯人は、何処いずこに……


       *


 さて、この新証言、どうしたものでしょうか。

 ひとつはっきりしているのは、イリーナが“焦土作戦”を実施した事実ファクトとは、明らかに異なるということ。


 ならばこの、H氏の証言は、“明らかな誤り”ということになります。

 フェイクです。

 しかしその誤りが、作者様の原稿のままに、印刷されている。


 とすれば、これは、何らかの不可解な、ミステイク。

 “村を焼いたのはドイツ軍”という趣旨の証言は、校正の段階で消されていなくてはなりません。

 しかし、印刷されて残っている。


 ということは、“消し忘れ”なのでしょうか?

 今のところ、そう考えるしかなさそうです。

 とりあえず、“原稿から消し忘れた”ものとします。


 そしてこれが“消し忘れ”だとしたら……

 この証言は、“消し忘れたことで残った、もともとの原稿の痕跡”……

 ということになります。


       *


 作者様が執筆された、最初の原型に近い原稿では、「村を焼いたのはドイツ軍」だったのではないか?


 そうだったのです、おそらく。


       *


 第一章の、もともとのオリジナルに近い原稿がどうであったのか、ここまでの推測をまとめてみましょう。

 例の仮説です。


“イワノフスカヤ村はモスクワから200キロあまり西にある”とし、

“現在は1942年2月でなく、半年前の1941年夏である”と設定を変更すれば……


●第一に、“雪の描写”が不要になります。

  「枝に残る雪」(P16の12行目)

  「雪が浅く積もった村の中央」(P26の9行目)

  「雪が赤く染まってゆく」(P29の7行目)

 この三カ所です。これは物語の現時点を1942年2月にするために、あとから新しく付加された文章と考えて、削除します。


※もうひとつ、セラフィマの「リュドミラ・パヴリチェンコだって女性なのにクリミア半島で戦っているよ」(P22)のセリフがあります。これは、1942年2月の時点なら正しい表現ですが、時制を1941年夏に変更すると、パヴリチェンコは8月から実戦に参加したばかりの無名の存在なので、このセリフは成立せず、削除します。

なお、赤軍女性狙撃手のエース、パヴリチェンコは『同志少女よ、敵を撃て』の重要な構成要素であり、作品の数々の謎の原因とも思われますので、次章に詳述します。



●第二に、P23の14行目からP24の4行目にかけての、村の「疎開はないと決まった」ことを説明し、“イワノフスカヤ村は焦土作戦の対象外である”ことを示唆する文章も、現時点を1942年2月にするために、意図的に付加されたものと考えて、削除します。


●第三に、P33以降の、イリーナたちソ連兵が突入してドイツ兵を追い払い、村を焼く場面を、以下の内容に書き換えます。


“ドイツ軍は略奪、暴行、殺人のおぞましい証拠を残さないために、村に火をかけて、全てを焼き払った。そして逃亡した”

 その途中で、“焦土作戦”を実施していたイリーナの部隊が駆け付け、セラフィマは運よく救われることになった……と。



 これが、『同志少女よ、敵を撃て』の第一章に隠されていた、もともとの構想に近いと思われる原稿のあらましです。


       *


 時は1941年の夏。

 ソ連領土へなだれ込んだ強力なドイツ軍は、たちまちモスクワまで二百キロ近くに達した。

 そこに、イワノフスカヤ村があった。

 裏山で鹿を狩ったセラフィマと母は、(母鹿をどうやって運搬したかは謎ですが)村へ帰って来た。

 そこには、西から進撃してきたドイツ軍の偵察隊が進駐したばかりだった。

 かれらは村人を集め、パルチザンの居場所を問い詰める。

 その過程で村人の抵抗があり、またセラフィマの母もパルチザンとみなされる。

 何かのきっかけで、ドイツ兵たちは略奪と暴行と殺人に走り、その残虐な証拠を消すために、村を焼き払った。

 一人残ったセラフィマだけが、焦土作戦を実施していたイリーナの部隊に助けられて、女性狙撃手を志すことになる……。


       *


 そのような顛末だったのではないかと、推測します。



 もともとの原稿のストーリーは、シンプルだけど、必然性があり、説明に難がありません。セラフィマがドイツ軍を憎む理由も、より強調されます。

 正当な作戦の一環として村を焼いたイリーナに対する“逆恨み”の要素がなくなって、生活の全てを破壊したドイツ軍だけに憎しみが集中するからです。

 

 読者としては、それでもよかったと思います。


       *


 しかし、最初の原稿がほぼ完成してから、“セラフィマがイリーナも憎む理由”が必要になったのだと思われます。

 だから、“イリーナが焦土作戦で村を焼く”という設定に変更されました。


 最初の原稿では、“ドイツ軍が村を焼いた”→“セラフィマはドイツ軍を憎む” という図式でしたが、これを……

 “イリーナが村を焼いた”→“セラフィマはイリーナを憎む” という図式に変えたわけですね。


 これが1941年の夏なら、ドイツ軍がこの後も続々と侵攻して来ますので、焦土作戦を実施しても、おかしくありません。

 しかし、何らかの理由で、物語がスタートする時点を1942年の2月に変更せねばならなくなりました。

 とすると、イワノフスカヤ村がこれまで、“焦土作戦”の対象にならなかった理由が必要となります。(P23の14行目からP24の4行目)

 その理由を説明する原稿を付け加えると、イリーナが“焦土作戦”を実施すること自体が、不自然な行為となります。

 そのため、“焦土作戦”ではない、真の理由が追加されました。(P445の9行目)


 つまり……

 最初に書いた原稿を、ある理由で、半年後の“1942年2月”の日付に改稿する必要が生じ、幾つかの要素を加え、内容を変更したことで、現在の原稿となり、そして、はからずも、どことなく不自然な点が残されてしまった……


 私の推理は、そんなところです。


       *


 そうです、イワノフスカヤ村の謎を生み出した原点となる問題は……  


 “1941年夏”の設定を、“1942年2月”に変えたこと。


 つまり、お話のスタートを、“1941年夏”から“1942年2月”へと、半年間、後ろへスライドせねばならなかったことです。


 それゆえに、物語にいくつかの不整合と混乱を作り出してしまいました。


 なぜでしょうか?


 新たな謎ですね。

 しかし、想像はつきます。


 “パヴリチェンコの亡霊”のせいでしょう。


 詳しくは次章で。





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