第二十五話「野盗を改心させる」

 夜の山中にクレイの声が響き渡る。


「【テーーーーーーーーーーーーーイム】ッッッ!!!」


 クレイの両手が光ると、闇の奥が次第にざわつきはじめた。



 ――グルルルルルルルルルルル


 ――フシュウウウウウウウウウ



「……君はいま何をしたんだ?」

「先手を打ちました!」


 その瞬間、山のあちこちから人間の悲鳴が上がった。


「ぎゃああっ!」

「ぐひえええええ!」

「た、助けてくれえ!」


 しばらくすると、人をくわえたウルフが、次々と広場に現れた。


 身なりから察するに、やはり山に入った人間を襲う山賊の類に間違いない。

 人数は5、いや、6人――。



「こ……殺さないでくれえ!」


 悲鳴を上げている彼らに、フィンは見覚えがあった。


「お前たちは……」


 よく見るとバックルや鎧に、同じマークが刻まれている。



 ――“ドブイタチ”、その残党だ。



「て、てめえは、フィン・バーチボルト!?」


 ほとんど泣き叫ぶように、男は言った。


「頼む! あんただとは思わなかったんだ! 俺たちが悪かった!!」

「悪かったそうですよ」


 クレイはあっさりと言った。


「悪いらしいので、とどめを刺しましょう」

「待て待て待て」


 フィンは慌ててクレイを制止する。


「とりあえず、はなしてやれ」


 連中は、完全に戦意を喪失している。

 体を自由にさせても問題はないだろう。


「了解です! 解放!」


 クレイが命令すると、ウルフは“ドブイタチ”たちを放り出して、後ろに下がった。


「頼むから、見逃してくれえ!」

「別に俺はお前らをどうこうしようという気はない」


 地面に膝をついた“ドブイタチ”たちに、フィンは言った。


「ただ、次にまた人を襲うようなら……眉間みけんを貫く」

「………………」


 少しの沈黙が流れたあと――“ドブイタチ”のひとりが口を開いた。


「そうは言ってもよう……俺たち、他の生きかたを知らねえんだ……」


 夜の森のむなしさが、人を饒舌じょうぜつにするのだろうか。

 男のひとことが口火になって、他の連中も次々と言い始めた。


「人を襲うことしかできねえよ……」

「そうやってずっと生きてきたんだ……いまさら……」


 フィンは何も言わずに、火打ち石を鳴らして落ち葉に火をおこした。

 焚き木を組む間、誰もなにも言わない。


 やがて、火が大きくなり“ドブイタチ”たちの顔を照らし出した。


「………………」


 フィンは、彼らの顔を見渡した。



「いきなり、まっとうに生きろ、なんて無茶は言わない」



 “ドブイタチ”は、人を脅し、襲い、奪い取ることしか知らないのだ。

 彼らに、どんな商売ができるだろう。

 新しい生きかたを見つけられない“ドブイタチ”に――フィンは自分の過去を重ねた。



「でも狭い森にこもって、生きかたを決めてしまうのは、俺は不幸なことだと思う」



 クレイに連れられて、高い空から地上を見下ろしたことを思い返す。

 小さな街、小さな山――どれもちっぽけなものだった。



「世間が言う“まっとう”なんて、気にしてないだろう? それならもっと自由な、人を傷つけない生きかたが見つかるはずだ」



 日に焼けた、ひとりひとりの顔を見て、フィンは言った。



「俺も同じだったんだ。何も変えられないと思っていた。でもきっかけさえあれば……」



 焚き火が、パチパチとはぜる。

 “ドブイタチ”たちは、真剣にフィンの話に耳を傾けていた。


 フィンは、火に照らされたクレイの横顔を見た。

 きっかけをフィンに与えてくれた、その端正な横顔を。



「生きかたを変えるために助けが必要なら……たいしたことはできないかもしれないが、俺が手を貸すよ」



 木の燃える音の中に、小さな泣き声が混じり始めた。

 “ドブイタチ”が、泣いていた。


「わかった、俺たちは、もう人を襲わねえ」


 涙を流しながら、残党の新しい頭領らしき男が、前に進み出た。


「なあ、バーチボルトの旦那。俺たちは人様から奪うこと以外、右も左もわからねえ……」


 汚れたそでで涙をぬぐって、続ける。


「でも、誓って言う! こんな俺たちにも情けをかけてくれたあんたに誓う! 俺たちは生きかたを変えてみせる! わかったか、野郎ども!」


 “ドブイタチ”たちは、声を震わせながら、口々に言った。


「ああ、誓う、誓うとも!」

「きっと、いや、必ずだ!」


 フィンは彼らを見て、心から安堵あんどした。

 本当に――殺し合いにならなくてよかった。



「旦那さまは、お優しすぎます」


 そう言うクレイは、どこか嬉しそうだった。

 フィンも微笑む。


「君がいたから、俺は優しくなれたんだよ……」



 “ドブイタチ”の残党は、深く頭を下げて去ってった。

 広場を囲んでいたウルフも、山の奥へと消えていく。




「明日のために、そろそろ寝ようか」

「はい、旦那さま」


 フィンは落ち葉の積もった地面に座り込んで、大木を背にした。

 クレイも、その隣に並ぶ。


「おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 銀色の髪が、焚き火の明かりを映す。

 クレイの頭が、こてんと肩にもたれかかった。

 夜の体温を身に感じて、フィンの目にも眠気が差してくる。




「………………」




 そんなふうに、静かで、暖かい夜はすぎていった。




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