第二十四話「ギルド長のおすすめクエスト」

 ヘコみにヘコんでいたギルド長は、ようやく顔を上げた。

 なんだか目のまわりが赤くなっているような気もする。


「……今回の補填、というわけではないが。ぜひ引き受けてもらいたい、新しいクエストがある」


 そう言って、ギルド長は書類をフィンの方へ回した。


「実は別のパーティーに依頼していたものだが、彼らが壊れた建物の修繕作業に駆り出されてしまってね」


 言わずもがな、クレイが繁殖させた【治癒の薬草】が街全体を飲み込んでしまったためだ。

 フィンの胃が、キリキリと痛む。


「おかげでこうして、君に斡旋できるわけだが。他人と絡まなくてもいい、気楽で安全なクエストだ。そのわりに報酬はいい」


 ギルド長はなにからなにまで気を回してくれるのだが。

 そのおかげで、フィンはこの上なく申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


 フィンはおずおずとクエストの依頼書を受け取る。




『クエスト:近隣の山の水源調査』




「これは、問題ないんでしょうか?」


 依頼書を読みながら、フィンが言った。


「明らかにリーンベイル内でのクエストでしょう」


 フィンは、リーンベイル一帯の領主であるビンツ男爵ににらまれている。

 冒険者ギルドも、男爵に圧力をかけてられているのだ。


「これが知られたら、あなたの立場が……」


 フィンが言いかけると、ギルド長はその先を言わせまいと手のひらを出した。


「気遣いには感謝しようフィン・バーチボルト。だが私もこう見えて腹芸は得意でね。権力と呼べるほどたいしたものは持ち合わせていないが」


 彼女は、久しぶりに笑みを見せた。


「それでもギルド長という立場には、使いようというものがある」


 豪放ごうほうに見える彼女だが、しかしギルド長としての仕事を立派にこなしている以上、それなりに老獪ろうかいな面も持ち合わせているらしい。


「では水源の調査、引き受けてくれるな?」

「もちろん、喜んで……感謝します」


 フィンは深々と頭を下げた。

 このギルド長がいなければ、フィンはとても冒険者を続けることはできなかっただろう。

 しかしなんとか話もまとまり、新しいクエストも受けることができた。


 フィンとクレイはエントランスに降りて、クエストの受注を済ませた。


「今度はなにをするんですか?」

「調査クエストってやつだ」


 指定された地域におもむき、そこで採取できる植物や、生息する魔物を調べて記録として残す。

 冒険者は結果を報告し、ギルドはその記録を今後のクエストに活かすというわけだ。


 ギルド長が言った通り、他人と関わる必要も最小限であり、直接剣を交える必要もないので命の危険も少ない。

 調査クエストとは、まさに狩人であるフィンにはうってつけの仕事であった。



 今回フィンが引き受けたのは、リーンベイルに流れる川の調査だ。


 最近、コルネ川の水量が減少傾向にあると、クエストの書類には書かれていた。

 フィンたちはこれから、その原因を探るのだ。


 もちろん、根本的な問題の解決そのものは、このクエストに含まれてはいない。


「ギルド長には、大きな借りができたな」


 仕事に厳しく、信頼にうるさいギルド長。

 しかし真面目な冒険者には、とことん優しく面倒を見てくれる。

 そんな彼女の誠実さを、フィンは身にしみて感じていた。


「いつか“恩返し”すれば大丈夫ですよ!」


 クレイはそう言って、フィンに屈託のない笑顔を向ける。

 フィンは、少しばかり気が楽になった。


「そうだな。いつか、だな」


 そう呟いて、フィンは街の外の山を眺めた。

 コルネ川の水源地は、あの山にある。


「あそこまでなら、君の翼を使えばひとっ飛びだな」


 フィンが珍しく冗談を飛ばすと、クレイは長いまつげにふち取られたまぶたを細めた。

 紅も塗っていない、赤いくちびるが、静かに言葉を紡ぐ。



「わたくしは、旦那さまと一緒に歩いていきたいです……」



 それはいつもの天真爛漫てんしんらんまんとは違った、とても穏やかな笑顔だった。


「………………」


 フィンはあの大空を飛んだ日を思い出す。

 あの世界をいま、踏みしめて歩いているのだと思うと、心に涼しい風が吹いた。



「……そうだな、歩いていこうか」



 フィンとクレイは手を繋いだ。


 ふたりは街を出て川沿いの道を歩く。

 コルネ川は、昼の日を反射してきらきらと輝いていた。


 リーンベイルはそもそも、このコルネ川を中心に発展した街だ。

 その水源の調査なのだから当然、これは重要なクエストだといえるだろう。


 川に沿って山に登ると、川は細く枝分かれしていく。


 水源のひとつにたどり着くと、フィンは冒険者ギルドで受け取った小さな瓶に、冷たい水を汲んだ。

 そして説明を受けたとおり、青い試薬を瓶に1滴垂らす。


 試薬の色に変化はない。

 水質には特に問題がないということだ。


 そして杖に使っていた棒を、地図にある箇所に突き刺して深さを測る。



 ――以前の記録と水量は変わらない。

 となれば、他のいずれかの水源に問題があるということだろう。



 フィンはその数値を、書類に書き込んだ。


「水源はあと8つある。地図を見る限りだと、わりと距離がありそうだ」



 そこでフィンは、はたと思い出した。


「言い忘れてた、今日は野宿になるんだが、平気か?」


 そう尋ねると、クレイは得意げにフンと鼻を鳴らした。


「わたくしは魔物の王ですよ! 野宿どんと来いです!」


 確かに、クレイの言うとおりだ。

 魔物が宿のベッドで寝ているほうが、珍しいに違いない。


「じゃあ、次を回ろう」


 そうしているうちに、日が暮れてくる。

 7つ目の水源の調査を終えたときには、すっかり暗くなっていた。


「ここまで特に変わった様子はなしか。この暗さだと、最後の水源調査は明日だな」


 フィンは広場の中心に落ち葉を集めて、たもとから火打ち石を取り出した。



 それを打ちつけようとして――手を止める。



「気づいたか?」

「ええ、もちろんです」



 ――囲まれている。



「魔物か?」

「いえ、人間ですね」


 クレイは当然だというふうに答えた。


「魔物は自分より弱い者しか狙いません」

「さすが魔物の王、自信家だな」


 確かに、群れで狩りをする魔物であっても、自分より強い相手を襲おうとはしない。


「旦那さまは、もう少し自信を持ってください」

「ありがとよ」


 小声でそんなやり取りをしながら、フィンは矢筒に手を伸ばした。

 相手の人数はわからないが、矢はこのあいだ作ったばかりだ。


 足りるといいんだが――そんなことを考えていると、クレイが言った。


「あ、今回は旦那さまのお手をわずらわせることはありませんよ!」


 クレイは、空に向けて両手を広げた。



「【テーーーーーーーーーーーーーイム】ッッッ!!!」



 その両手が一瞬黄色く光ったかと思うと、周囲から魔物のうなり声が聞こえてきた。




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