第十話「魔法使いレレパス、登場」

 食事を終えると、フィンとクレイは、サンティとともに食堂を出た。

 ひんやりした長い廊下を歩き、門を抜ければもう外だ。

 なんだかさっきまでまで、別の世界にいたような気がする。


 フィンはサンティにまた頭を下げた。


「本当にありがとう、助かったよ」

「なにごとも神様の思し召しです」

「その上で、なんだが……」


 フィンは言いづらそうに尋ねた。


「今日は、何かクエストを受けたりはしないのか?」

「すみません。今日は神の定めた安息日ですので……」

「そうだよな、そうだった。すまなかった……じゃあ、また今度」


 フィンのぎこちない笑みに、サンティは目を細めた。


「ええ、またお会いしましょう」


 そんなふうに挨拶を交わして、フィンとクレイは教会を出た。



「今日こそ何かクエストをこなさないとマズいぞ……」


 もはや銀貨が尽きかけている。

 だがフィンひとりでは、ギルドに行ってもクエストが受けられない。

 ロンゴは昨日、憲兵隊に連れて行かれたから、探すとすればベイブかレレパスだ。


 正直なことを言えば、目も合わせたくない連中だった。

 しかし、日銭を得るためには彼らに頼らざるをえない。


 ベイブか、レレパスか、それとも両方か。

 どちらにせよ、こき使われるのに変わりはない。


「いるとすれば、“恋人の宿”の近辺だろう……行くか」


 フィンはため息をついて、歩き始めた。

 教会と“恋人の宿”は、まるで正反対の施設だ。

 しかし裏路地を通ればすぐに辿り着ける。


 その辺りを探せば――。


「フィンじゃん、なにやってんのさ」


 裏路地を出たところで、現れたのは魔法使いのレレパスだった。

 今日はベイブと一緒ではないらしい。


「………………」


 探していた相手ではあったが、やはり良い気分にはなれない。


「ていうか女連れ? めっちゃウケるんだけど。オッサン、女買う金持ってたんだ」


 ニヤニヤ笑いながら、レレパスはクレイを見た。

 クレイは不思議そうな顔をして視線を返す。

 レレパスは鼻で笑いながら、フィンを指さして言った。


「アンタさ。こんな情けない奴と一緒にいて恥ずかしくないの?」

「どうして恥ずかしいんですか? わたくしは旦那さまを誇りに思っています」


 レレパスは、あからさまにムッとした表情を見せた。

 フィンはひそかにため息をつく。

 こういうやりとりは、できるだけ早く終わらせて本題に入りたい。


「へえ、“盗っ人のフィン”のうわさ、まだ知らない奴がいたんだ」


 レレパスはそう言って、口の端をつり上げる。

 すると――ニコニコしていたクレイが、すっと真顔になった。


「あなたは、わたくしの旦那さまを“盗っ人”と仰るのですか?」


 一歩、前に進み出た。


「あなたも“摂理”わかってない人ですか?」


 クレイのルビー色の瞳は、真っ直ぐにレレパスを射貫いていた。

 非常にマズい。

 レレパスがロンゴのような目に遭うとなると、状況がさらに悪化する。


「すまない、こいつは街に来たばかりで、よくわかってないんだ」


 フィンはそう言って、クレイの頭をがしがしとでた。

 クレイは不思議そうな顔をして、素直に撫でられている。

 これ以上、話をややこしくしたくない。


「へえー、やっぱりそうか、だからお前の噂知らないわけだ。でさー」


 レレパスはいやしい笑みを浮かべた。

 この笑みが、いつもの“攻撃”の合図だった。


「実はさ、ちょっと小遣こづかい欲しいところなんだよね。昨日飲み過ぎちゃってさー」


 フィンがほとんど金を持っていないことを、レレパスは知っているはずだ。

 なのにそんなことを言ってくるのは、クレイの前でフィンをはずかしめるためだろう。


「すまない、今日は見逃してもらえないか……」

「見逃すってなにがぁ? 小遣い欲しいって言ってるだけじゃん」


 そう言ってレレパスはケラケラと笑った。


「でも、ここで“誠意”見せてくれないと、もっとエグい噂流れるかもよー?」

「悪いが、手持ちが……」


 今日の夕飯代すら、危ういところだ。


「あー、そうなんだ。“仲間”が困ってるのに、手助けもしないんだ」


 レレパスはフィンをせせら笑った。


「こういう男なんだよ、フィンって奴は。一緒にいる価値ないって、マジで」


 そう言って、杖でフィンの膝を小突く。


「ねえフィン。自分でもそう思うよねえ?」

「……そうかもしれないな」


 下手に言い返すと、なにをされるかわからない。

 今までよりももっと酷い噂を流されるかもしれないし、ベイブに報告されても厄介だ。


「ほら、自分でもこう言ってる男だよ。一緒にいたら不幸になるだけだって」

「え? わたくし、いま現在進行形で幸せですよ?」


 クレイがそう答えると、レレパスは眉間にしわを寄せた。


「いやさ、ここで銀貨の1枚も出せないような男、マジで価値あると思ってんの?」

「お金と旦那さまと、なにか関係があるのですか?」

「言い返さなくていい。すまないレレパス、本当に金がないんだ」


 フィンは頭を下げた。


「だっさ! マジでだせえ!」


 レレパスは腹を抱えて笑う。

 地面を見つめたまま、フィンは微動だにしなかった。


 悔しくないわけがない。

 しかし――これに耐えるのが、フィンの生きてきた道だ。

 そしておそらく、これからもこの屈辱がずっと続くのだ。


「………………」



 そのときクレイがぽんと手を叩いた。


「なるほど、この方はお金が大好きなんですね!」


 そう言って、レレパスに向けて両手を広げた。


「お金を儲けるには、人と協力する必要があると旦那さまは仰いました! わたくしは旦那さまの仰ったことをちゃんと覚えています! えらい!」

「は? えらい? なにこの子、イっちゃってんの? てかなにその手……」


 フィンが止める暇もなく、クレイは満面の笑みを浮かべ、元気いっぱいに言い放つ。



「では、ひとりで・・・・協力しあってください!」



 クレイの両手が、紫色に輝いた。


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