第十一話「魔法使いレレパス、逮捕」
「はあ? ひとりで協力? こいつなに言って……」
フィンが「あっ」と言ったときにはもう遅かった。
クレイの両手から放たれた紫の光が、レレパスを包み込む。
「【ドーッペルーーーゲンガーーーーー】ッッッ!!!!」
その瞬間、レレパスの姿がブレたかと思うと――
「オカネ!」
「オカネェッ!」
「カネカネカネカネ!!」
――何人ものレレパスが姿を現した。
およそ20人ほどのレレパスが、またたく間に道を埋め尽くす。
街行く人々がどよめいた。
なにせ同じ顔の、同じ赤いローブの女が、同じ杖を持ってずらりと並んでいるのだ。
しかしいちばん驚いているのは、当のレレパスだった。
「え? なに? どういうこと? なんなのこれ!?」
「「「カネカーネ!!」」」
レレパスの分身は互いに目を合わせ、ビシッと隊列を組む。
先頭にいるレレパスがピーッと笛を吹くと、
「「「カネ、カネ、カネ、カネ……」」」
そのまま、通りの向こうへと消えていく。
フィンとレレパスは、ぽかんとしたままそれを見送る。
「フィン、お前、この子になにやらせたの……?」
「すまんレレパス、俺にもわからん」
いや、フィンにはなんとなく予想がついていた。
しばらくすると、通りの先から爆発音と叫び声が聞こえてきた。
「銀行強盗だァーーッ!!」
「領主様のお屋敷がァーーーッ!!」
「待て! それは憲兵隊の大事なグワァーーーーッッ!!!」
「「「カネ、カネ、カネ、カネ……」」」
レレパスの集団が、金塊やら金庫やらを抱えて戻ってくる。
「え、ちょ、なに、これ……???」
レレパスの前に、どんどん“戦利品”が積み上げられていく。
「やっぱり協力してお金を稼ぐと早いですね」
「知らないんだけど! 知らないんだけど!」
「「「カネ、カネ、カネ、カ……」」」
レレパスの前に
後に残っているのは、本物のレレパスただひとり。
「犯人は女だ!」
「赤いローブを着ていた!」
「下品な色の口紅!」
「憲兵さん、こっちに逃げました!」
顔を真っ赤にした憲兵隊がわらわらと集まってくる。
そして一斉にレレパスを指さした。
「「「あいつだーッッ!!!」」」
「いや、知らない! マジで知らない!」
レレパスはぶんぶんと首を振る。
「そこに積み上がっているものが何よりの証拠だ!」
「おのれ白昼堂々やってくれたな!」
「つちおいしい」
「言い逃れはできないぞ! いますぐ杖を捨てろ!」
冷や汗を流すレレパスは、憲兵に囲まれてなお、必死に自分の杖にしがみついている。
「知らない! 知らない知らない知らない!」
「ええい杖を捨てないとなれば、撃て!【サンダー】!」
「あばばばばばばばばばば!!」
無数の雷撃を受けて、倒れたレレパスはビクンビクンと
「確保ー!!」
レレパスは憲兵隊に担ぎ上げられて、詰め所へと運ばれていった。
道行く人々の声が聞こえる。
「あれ、レレパスじゃない?」
「強盗とかマジ?」
「魔法使って泥棒とか
噂好きの噂は、広まるのが早いものだ。
「あれ? あの人、お金を稼いだだけなのに、連れて行かれましたよ」
フィンは頭を抱えた。
「他人のお金には、手をつけちゃいけないんだよ……」
「なるほど! 勉強になりました!」
「………………」
ロンゴに続いてレレパスまで。
残ったパーティーメンバーはサンティとベイブだけだ。
「これがクレイの仕業だとバレたら……」
パーティーを解雇されるだけでは済まないだろう。
命は取られないまでも、リーンベイルの街にいられなくなる羽目に陥るかもしれない。
「困ったぞ……」
「お困りでしたら、ぜひわたくしめに! 旦那さま♪」
クレイはフィンの腕に、きゅっとしがみついた。
フィンは今日も、ため息をつく。
「いいか、イビルデスクレインとしての力は、もう使うんじゃない」
「どうしてですか?」
「これ以上、パーティーとの関係を悪化させたくないんだ……」
「かしこまりましたー!」
のんきな返事をするクレイの隣で、フィンはベイブに対する言い訳を必死で考えていた。
――その頃。
「どういう、ことですか?」
教会の地下室。
薄暗く湿った部屋で、氷のような声を発したのはサンティだ。
「どういうって、その、どういう?」
マヌケ面で床に膝をついているのは、魔法剣士のベイブである。
パーティーのリーダーであるベイブは、サンティに呼び出されたのだった。
サンティの顔に、いつもの微笑みはない。
氷のように冷たい表情で、ベイブを見下ろしていた。
「フィンさんが、若い女を連れていました」
「そんなバカな……悪い噂はちゃんと流させてますよ。それに金だってサンティさんに言われた通り……。フィンに女がいるなんて、そんなバカなこと……」
そのとき、サンティの眉がぴくりと吊り上がった。
「私の言うことが、バカなこと、だと仰いましたか?」
ベイブの顔が青ざめる。
「滅相もありません! 失礼いたしました!」
ベイブは深く深く頭を床に擦りつけた。
「あなたが、ちゃんとフィンさんを痛めつけないから、こういうことになるんです」
「わっ、わかりました……その、今度殴っておきますので!」
「殺しますよ」
ビクッとベイブは肩を震わせる。
「痛めつけるのはあくまでフィンさんの“心”です。体に傷をつけることは許しません」
そう言ってサンティは天井を見上げ、ぽっと頬を赤らめた。
「傷ついて、傷ついて、心の血の一滴まで絞り切ったその体を……」
サンティの口の端から、よだれが流れた。
「“熟した”フィンさんの体を切り刻むのは、私ひとりでいいんです。わかりますか?」
「は……はい!」
「それには、あの小娘が邪魔です」
カン! と杖が石床を叩いた。
「なにも、殺す必要はありません」
「ただ、二度と男に尻尾を振れない体にしてやってください。暴漢を雇っても構いません。そうですね……“ドブイタチ”にでもやらせましょう」
「かしこまりました! おおせのままに!」
「早くお行きなさい」
「失礼いたしますっ!」
ベイブは冷や汗を流しながら、地下室から出て行った。
「フィンさん……早くあなたを……」
サンティは地下室でひとり、懐から小さなナイフを取り出して、ぺろりと舐めた。
「刻みたいです……」
何人もの男の肉を削いできた“冒険者殺し”のナイフが、フィンを狙っていた。
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