第九話「人間のエサ」
ひとつのベッドに男と女、言い訳などできようはずもない状況だ。
しかし、言い訳しないことには始まらない。
「サンティ。違うんだ、たぶん大きな誤解が生じている」
「男女が同じベッドで寝ているという事実に、どんな誤解が?」
サンティの頬が引きつっている。
「同じベッドにいるように見えるかもしれないが、君が思っているようなことは……!」
「そうです! ただの初夜です! ちょっと燃え上がっただけです!(ドアが)」
ピシリ、と空気が凍りついた。
フィンの額から冷や汗が滝のように流れ落ちる。
さらなる申し開きをひねり出す前に、サンティが口を開いた。
「いいですか。救貧院での淫行は……」
恐ろしいほど冷たい声で、サンティは言った。
「状況を問わず破門です」
「は……」
――破門。
教会から追放されるということは、リーンベイルの街から追放されることを意味する。
この街から出たくてたまらないフィンだが、かといって外で生きていけるような銀貨は持ち合わせていない。
おそらく、隣の街へと到着する前に、行き倒れることだろう。
「待ってくれ、本当に誤解なんだ。やましいことは何もない。なんならシーツを調べてもらってもいい!」
「シーツを……!」
サンティは赤面した。
そしてそこにクレイが口を挟む。
「なるほど! この
ぱっ、と手のひらを合わせる。
「大丈夫ですよ! 私はケーキのイチゴを最後に取っておくタイプでして!」
「ケーキからのお願いです、これ以上事態をややこしくしないで欲しい」
破門だけは避けなければならない。
「頼む、本当に誤解なんだ! 破門だけは勘弁してくれ……そうなれば飢え死にだ」
フィンはベッドから身を乗り出して、必死に頼み込む。
サンティは――フィンの気のせいだろうか、ほんのわずかに笑ったように見えた。
「本当に、誤解ですか……?」
「誓って言う! やましいことは何もしていない! サンティ、頼む、君ならわかってくれるはずだ!」
「本当に……この子との間には何もないんですね」
サンティは、じっとフィンの目を見つめた。
どこか感情を読めないような、そんな目で。
やがて冷や汗を流すフィンに向けて、ゆっくりと頷いた。
「わかりました、信じましょう」
その言葉を聞いて、フィンは深く頭を下げる。
「ありがとう、君なら信じてくれると思っていた。本当にありがとう」
「状況判断ですよ」
フィンを見下ろしながら、サンティは目を細めた。
「朝食の用意ができています。参りましょう」
「ええー、旦那さまー、朝のイチャイチャしましょうよー」
「俺は君とイチャイチャしたことはないし、この先も絶対にない」
「ふふふ……時間の問題ですよ!」
ニヤニヤと腕にすがりつくクレイを振りほどき、フィンはベッドから降りた。
「……では、ご案内します」
サンティの後をついていくと、狭い食堂に辿り着く。
修道女たちが用意した食事の前に、列ができていた。
「黒パンと、パン
限られた予算の中で、出せる食事がこれなのだろう。
パン粥が用意されているのは、歯を欠いた老人がいるからだ。
「なるほど、これが人間のエサですか」
クレイは興味深そうに、テーブルに並ぶ黒パンを
パン屋に並んでいるものと比べれば、ずっと粗末なものだ。
修道女たちが安い材料を使って、工夫して焼いているパンだった。
「タダ飯だからってがっつくんじゃないぞ」
「はーい」
修道女に黒パンとマッシュポテトを皿に盛ってもらい、フィンとクレイは席に着いた。
ささくれだったテーブルは、しかしきれいに
フィンは固い黒パンを噛んで、スープで喉に流し込んだ。
「ふう……首の皮一枚つながったって感じだな」
「旦那さま」
クレイは食事に手をつけず、じっとフィンを見つめていた。
「どうして旦那さまは、あんなに頭を下げるんですか? あの女より旦那さまの方が戦闘力が高いでしょうに」
「……好きでやってるわけじゃない」
フィンは木のスプーンで、緑色のマッシュポテトをすくった。
「必要だから、やってるだけだ。君とその……そういう関係にあったなんて思われたら……」
「交尾をするのに他人の許可が必要だなんて“摂理”に反しています」
マッシュポテトが、ぼとりと皿に落ちた。
誰かに聞かれはしなかったかと、フィンは思わず辺りを見回す。
後ろで老人がパン粥をすすっているだけで、誰も話を聞いている者はいなかった。
「滅多なことを言うんじゃない。だいたい君の言う“摂理”ってのはなんなんだ」
「弱者が、強者に従うということです」
間を置かずにさらりと、クレイは言った。
フィンは思わず息を呑む。
「強者が弱者に
ルビー色の目が、じっとフィンを見つめた。
「旦那さまは、十分に強者の資質をお持ちです。どうして人間を力で従わせないのですか?」
「それは……立場が、あるからだよ」
フィンは落としたマッシュポテトをすくって、口に入れた。
味の薄いそれを、少し噛んで飲み込む。
「俺は……事情があって、ひとりじゃ金を稼げない」
ロンゴやレレパスが流している、悪い噂のためだ。
それがなければ、とっくにひとりでクエストをこなすか、別のパーティーと組むかしている。
フィンは緑色に汚れた、木のスプーンを見つめた。
「だから食っていくには、人と協力する必要があるんだ。それを望む、望まずとに関わらず」
「そういうものですか」
クレイはふむふむと頷いているが、本当に理解しているかどうかは怪しい。
「人間の
固い黒パンにモフモフとかじりつき、クレイは言った。
フィンの見よう見まねで、スプーンを使ってマッシュポテトを食べ、スープを飲んでいる。
いつか、もっと美味いものを食わせてやりたい。
そんなことを、少しばかり、思わないでもなかった。
「どうしたんですか?」
「なんでもない。よく食うな、と思ってるだけだよ」
「任せてください! 本気になればこの500倍はお腹に入りますから!」
「それは迷惑だからやめような」
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