第23話

 パチンと何かが弾けるような音がして目が覚める。

 寝転がったまま目を開けると、フレア先生が覗き込んでいた。


「終わりましたよ~。いかがでしたか~?」


「寝てる間も何かふわふわして気持ち良かったような……」


「ふふっ、施術の効果がしっかり表れていたようですね。起き上がって軽く体を動かしてみてください。きっと、かなり軽く感じるはずです」


「どれどれ……確かに」


 全身の凝り固まっていた感覚も全てほぐれ、ものすごくスムーズに体が動く。

 羽が生えたように軽いとは、まさにこのことだ。

 クイクル治療、うわさに違わず、いやうわさ以上にすごい。


「レイネ様は、もう終わってお待ちですよ。ネミリ様はもう少し時間がかかるみたいですので、受付の前でお待ちください」


「どうもありがとう」


「いえいえ。リフレッシュしていただけたようで何よりです」


 部屋を出ると、始まる前と同じ椅子でレイネが待っていた。

 施術が終わった今でもまだ、ぼーっと気持ちよさそうな顔をしている。


「すごかったな」


「あ、ご主人様。はい、とても気持ちが良かったです」


「この感じだと、きっとネミリの怪我にも効くだろうな」


「そうですね。もう少しかかるらしいので、気長に待ちましょう」


「だな」


 10分、20分と時間が流れていく。

 しかし、いつまで経ってもネミリが出てこない。

 さすがに長すぎるのか、受付のお姉さんも首を傾げている。


「おかしいですね……。もう、治療は終わっているはずなんですが……」


 受付のエルフは立ち上がり、ネミリが入っていった扉を開けた。

 そして小さく「きゃっ」と悲鳴を上げる。


「どうしましたか?」


 レイネが尋ねると、エルフは笑って言った。


「いえ、ネズミが横切ったもので」


 何度目か分からない「ネズミ」という単語の登場に、レイネの耳がぴくりと動く。


「きちんとネズミ捕りを置いているので、建物内で見ることはなかったものですから、驚いてしまいました」


 お姉さんはそのまま扉の向こうへ一歩踏み出す。

 そしてピタリと固まった。

 振り向いたその顔に、もう笑顔は浮かんでいない。


「あの……」


「どうしましたか?」


「いらっしゃいません」


「「え?」」


「ネミリ様、それに担当されていたヒリン先生、共にいらっしゃいません。2番ベッドで治療されていたはずなのに」


 俺たちは慌てて、扉に近づき中を見渡す。

 指し示されたベッドは、まるで何事もなかったかのようにきれいな状態だった。

 そしてネミリの姿がない。


「レイネ、ネミリの気配は?」


「この近くにありません……」


「どういうことだ?」


 何かのいたずら……?

 いや、先生まで消える理由が分からない。


「ご主人様、やはり私はあのネズミが気になります」


「でも追うって言っても、街中はあんまり派手に動けないしな」


「猫になって追います。ある程度探したら宿に戻りますから、ご主人様は先にお戻りになってください。ネミリがすでに帰っている可能性も、わずかながらありますから」


「分かった」


「【獣化ネデア・第一形態】」


 レイネは猫になって店を飛び出して行く。

 俺は支払いを済ませ、宿へと帰る。

 部屋に戻って探してみたが、やはりネミリの姿はなかった。


 数時間後、レイネが部屋へと戻ってくる。


「どうだった?」


 俺の問いかけに、レイネは首を横に振った。


「ネズミ、ネミリ共に気配を探って街を動き回りましたが、忽然と消えてしまいました」


 俺は頭を抱える。

 レイネもまた、不安げな表情でベッドに腰掛けた。


 これはいったい、どうなっているんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る