第22話

 セグレルダ滞在2日目。

 昨日の就寝が遅かったこともあり、俺たちが目を覚ました頃にはすっかりお昼を過ぎていた。

 昨日の夕食を取った店で食事を取り、街に出てみる。

 頼りになるのは、昨日イルハからもらった地図だ。


「どこか行きたいところはあるか?」


「そうですね……どこも楽しそうで目移りしてしまいます」


「あ、見て見て。クイクル治療の店だって」


 クイクル治療。

 その名前は俺も聞いたことがある。

 各種族に伝わる治癒スキルや伝統療法を組み合わせ、怪我を神がかり的なスピードで治す、世界でここにしかない治療法だ。


「ネミリには早く怪我を治してもらいたいしな」


「それに、疲労回復効果もあるみたいだよ。2人も受けてみたら?」


「私たちも受けれるなら、ぜひ受けてみたいです」


「よし、決まりだ。えっと、意外と近いんだな」


 この街では、歩行者用のスペースが道の両端に設けられ、真ん中はジンリキシャという人の力で引っ張る乗り物用の通路になっている。

 クイクル治療の店までは、歩いて行くことができそうだ。


「あ、ネズミだ」


 俺の足元に、ちょこんとネズミが座っている。

 目が合うと、ネズミは駆けていった。


「あれはただのネズミですから、ご安心ください」


「それならよし。行くとするか」


「ゴーゴー!」


 俺たちは地図を頼りに、クイクル治療の店へと歩き始めた。




 10分ほど歩き、店へ到着した。

 入ってみると、受付のところにエルフの女性が座っている。


「いらっしゃいませ~。ご予約の方ですか?」


「あ、いや、予約はしてないな。してないと入れないか?」


「基本的にはそうです。でもお客様は運が良いですよ。ちょうど、3名分のキャンセルが出たところなんです。今すぐでよろしければ、ご案内できます」


 予約を取って出直しかと思ったら、何という幸運。

 クイクル治療なんてめったに受けられないのに、もったいないことをする奴もいたもんだ。


「それでいいよな?」


「もちろん」


「本当に運が良かったですね」


「では、決まりですね。お名前、伺ってもよろしいですか?」


「俺はグレン」


「レイネです」


「ネミリだよー」


「ありがとうございます。当店では実際に怪我を治療するプランと、疲労を取ることを目的としたプランを用意しています。どうなさいますか?」


「俺とレイネは疲労回復、ネミリは怪我の治療で」


「かしこまりました。では、ネミリ様をお先にご案内しますのでこちらへ。お2人はかけてお待ちください」


 ネミリだけが、連れられて奥の扉へと消えていく。

 実際にクイクル治療を受けるのは初めてだけど、そのうわさは聞いていた。

 どれくらいの効果があるのか、すごく楽しみだ。

 何でも体験した冒険者が言うには、ふわふわして夢の中にいるような感覚になるらしい。


「お待たせしました~。お2人はこちらへ」


 戻ってきたエルフに、さっきネミリが入ったのとは別の扉へ通される。

 そこでは人間とエルフ、2人の女性が待っていた。


「グレン様を担当されるフレア先生と、レイネ様を担当されるアミリタ先生です。では、ごゆっくり」


 俺は人間の、レイネはエルフの先生から施術されるようだ。

 壁で区切られて並ぶベッドに、2人それぞれ仰向けに寝っ転がる。


「初めまして。フレアです」


「どうも」


「まずは全身の力を抜いてください。ゆーっくり息を吐きながら、少しずつ脱力して~脱力して~」


 聞き心地の良い少し低めな声。

 この声にもリラックス効果がありそうだな。


「はい、目も閉じてみてください。施術中、寝てしまわれても構いませんからね~。というか、ほとんどの方が寝てしまわれます」


 確かにこれは寝てしまいそうだ。

 転がっているベッドも、寝心地がすごく良い。


「では、始めていきま~す」


 徐々に徐々に、体の表面が毛布のような温かさで覆われていく。

 でも何かかけられたわけじゃない。

 もうスキルの効果が始まっているのだろう。


 ちなみに人間族、エルフ族、獣人族、竜人族が操るスキルはそれぞれ異なる。

 似たようなスキルこそあるが、例えば人間族が竜人族のスキルを完璧に操るなどということはできない。

 しかしこのクイクル治療で用いられるスキルは、どの種族でも使えるように長年かけて開発されたものだ。

 完全に習得するまでには、ものすごい時間と努力が必要らしい。

 このフレア先生も、穏やかな口調で物腰柔らかだが実はめちゃくちゃすごい人なのである。


 ……などと考えていたら、ものすごい眠気が襲ってきた。

 体もふわふわする。

 でもすごく気持ちが良い。

 なるほど、これは起きてられないな。


 首筋を強弱付けて揉まれる感覚を味わいながら、俺は深い眠りへと落ちていくのだった。

 たった今、現在進行形でネミリに起きていることを知らずに。

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